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この中に1人メインヒロインがいる  作者: Taike
第二章 砂浜アゲイン
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絡まる感情、深まる溝

 俺が導き出した結論は『後でとりあえずリサに謝る』という、笑ってしまいそうなほどに単純なものだった。


 岩崎家の企みを防ぐため、俺はリサに『元の関係に戻ろう』と言った。しかし (白木さん曰く)俺との関係を悪く思っていないリサは、その言葉に不満を抱いて機嫌を悪くした。特に難しいことなど何もなく、ただそれだけのことだったのだろうと思い至った。


 どこにでもあるようなスレ違い。言葉が足りなかった故に生じた行き違い。そんな、生きていれば誰でも経験するような感情の食い違いがトリガーとなり、俺はリサの機嫌を損ねてしまった。


 本当に、ただそれだけのことだったのである。


「ほら、岩崎くん何ボサッとしてんの! 焼きそば出来たから3番テーブルに持って行って!」


「りょ、了解っす!」


 おっと、いかんいかん。今の俺は海の家のウエイトレスだ。自分の意思で参加したわけではないとはいえ、バイト中である。余計なことは考えずに集中しなければ。


 9月に入って海の家の閉店も近づいてきた時期とはいえ、昼食時ともなるとやはり海の家の客足は増える。白木さんが料理を作り、俺が料理を席へ運ぶという一連の流れが途絶えることはしばらく無さそうだ。


 最初は半強制的に働かされることになった俺ではある、しかし、この忙しない店内の様子を見ていると、もしかしたらリサは白木さんのことを案じて俺にバイトを命じたのかもしれないな、とも思えた。他に店員は居ないみたいだし、きっと普段は白木さん1人で調理と配膳を行っているのだろう。1人で店のことを全部やるってのはかなりの重労働だ。リサが俺を強制召喚したのは、そういった側面もあってのことなのかもしれない。



 時計の針が14時を回った頃には随分と客足も減り、昼食時の騒がしさが嘘だったかのように店内には静寂が訪れていた。


「ふぃー、やっと休めるな」


「あはは、岩崎くんお疲れー」


 ようやく訪れた休憩タイム。店の入り口に設置されているベンチに白木さんと並んで腰を掛けた途端、ドッと疲れが溢れ出す。注文をとって料理を運ぶという単純な作業であったものの、ずっと立ちっぱなしで動いていたので、それなりに体力を削られたようだ。リンリンという風鈴の音が、疲労した身体に染み渡るようで心地良い。


「あ、岩崎くん。リサが戻ってきたみたいだよ」


「うげっ」


 白木さんがピシッと指差した方角に目をやると、確かに長い金髪をなびかせながらこちらに歩いてきているギャルが遠目に見えた。ただでさえ"見てくれ"が奇抜な上に、クーラーボックスを抱えて砂浜の中を歩いているものだから、それはもう周りの目線を集め、目立ちに目立ちまくっている。最近は距離感が近くて忘れがちになっていたが、東条リサとは周囲の目線を集めるほどの美女であるということを改めて思い知らされた。


「おっす、ミッチーお疲れ〜。クーラーボックスの中のアイスキャンデー売り切れちゃったから、補充しに来たよー」


「おお、リサお疲れ! いやー、ホント助かるよ。発注ミスしちゃった時はどうなることかと思ったけど、このペースなら今年の閉店までにはなんとか売り切れそうだね。いやー、これはリサには頭が上がらないね〜」


「いやいや、いいっていいって。去年野球場で売り子のバイトしてたこともあったし、モノを売り込むのは得意だからさ。ちょっと愛想良くしてりゃ皆アイスキャンデー買ってくれるし、楽勝楽勝!」


 さて、どうしたものか。コイツ、ナチュラルに俺の存在を無視して会話を始めやがっている。あまりに自然体でスルーされたものだから、一瞬自分が世界から消えてしまったのかと思った。


「あ、あのー、リサさん? もしかして俺のこと見えてない?」


「ん? いや、見えてる上でスルーしてるだけなんだけど」


 うわぁ、まだ機嫌悪いよぉ。怖いよぉ。


「え、えっとさ。いきなり俺が変なこと言ったのは謝るからさ、一旦仲直りといかないか? ちょっと今後の生活に関して冷静に話し合いたいこともあるし、ずっとこんな感じの雰囲気だとお互い良いことなんてないだろ?」


「仲直り、ね。ふふ、そもそもアタシたちって仲直りしなきゃいけないような仲だったっけ?」


「は? なんだよ急に……?」


「いや、よく考えてみたらアンタが言うところの"協力関係"ってよく分かんないなって思って。ねぇ、そもそもアタシと大河の関係って一体何なの? アタシとの今の関係って、大河の一言だけで解消できるような軽いものだったの? 大河にとってのアタシって一体何なの? 魔女攻略のためにアタシを利用しようとしてるの? アンタはどれくらいアタシのことを信用してるの? アタシはどれくらいアンタのことを信用すればいいの? ねぇ、教えてよ。どうしてアンタは簡単に『元の関係に戻ろう』なんて言えるの?」


「は? な、なんだよ急に。お前そんなキャラじゃないだろ? 白木さんも居るんだし、一旦落ち着けって」


 なんだよ。なんなんだよ。急にどうしたんだよ。ワケ分かんねぇよ。


 そもそもこの関係って、お前が勝手に俺の部屋で漫画読んでたところから始まったんじゃなかったっけ?


 『可哀想だから』って、お前が手を差し伸べてくれたところから始まったんじゃなかったのか?


 もう互いの目的はハッキリしてるし、十分信頼関係は築けているはずじゃないのか? なんで今さら信用するしないの話になってんだ?

 

 東条リサはもっとサバサバしていて、ちょいちょい俺のことをバカにしてきて、人の部屋に勝手に入っちまうくらい図々しくて。それでいて、いつも自信満々に胸を張って堂々としてるようなヤツだろ?


 なのに、今日はどうしたっていうんだよ。急に機嫌悪くしたり、ワケわかんないこと言ったり、そんな風に不安な顔をするなんてよ。

 

「アタシ、アイスキャンデー売りに戻るね。新しいクーラーボックス取ってくる」


「あ、おい、リサ! ちょっと待てって! まだお前には聞きたいことが……!」


 しかし、その呼び声は既に俺から視線を逸らしていたリサに届くことはなく。不安と苛立ちが入り混じったような表情を浮かべた彼女は、店内の冷凍庫から手早く新しいクーラーボックスを回収すると、再び砂浜の方へ足早に戻って行ってしまった。

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