揺れる心とポニーテール
一方的に下僕通告をカマしてきたリサは「ソイツ、ミッチーの好きなように使っていいから。じゃあアタシは荷物置いたら、速攻アイスキャンディー売りに行ってくるね」と言った後、クーラーボックスを抱えてそそくさと砂浜の方へ歩いていった。
となれば、必然的に俺はミッチーさんと2人きりという状況になってしまうわけなのだが。
「あー、えっと、下僕くん、で良いのかな? 入り口で立ったままってのもなんかアレだし、とりあえずその辺のテーブルに座っとく?」
「岩崎です。岩崎大河。さすがに下僕くん呼びはちょっと……」
ミッチーさんのありがたい気遣いを受け、俺は彼女と向かい合う形で店内のテーブル席に腰掛ける。
「あ、そういえば私の自己紹介がまだだったっけ? えーっと、私の名前は白木満。リサとは大学の同じ学部の同級生で、サークル仲間でもあるって感じだよ」
ミッチーさん改め白木さんはリサの大学の友達のようである。
「えーっと、一応私はこの海の家の店長代理ってことにもなってます。いつもならおばあちゃんが店を切り盛りしてるんだけど、今年はどうも体調が良くないみたいでねぇ。それで、今年の夏は私が代理で仕切ってるって感じ。まあ、店長代理っていってもちゃんとやれてるか不安だし、アイスキャンディーの発注を間違えて一桁多く頼んじゃったから在庫処理をリサ達に手伝ってもらうことになったんだけどね。ア、アハハ……」
なるほど。つまりリサはドジをやらかした友達を手伝うために、わざわざ魔女ハウスから遠く離れた海の家に来たというわけだ。有り余る在庫を減らすために海水浴に来た客や、近隣の住民の元へアイスキャンディーの出張販売にでも行っているのだろう。
「と、まあ一応私の自己紹介はこんな感じなんだけど。ところで岩崎くんって、リサとどういう関係なわけ? あ、もしかして彼氏だったり?」
「いや、それだけはない」
「えー、じゃあどういう関係なのぉー?」
初対面の割に白木さんは随分とフランクである。やはり女子という生き物は、なにかと色恋に結びつけたがるのだろうか。
しかし、俺とリサの関係か。いきなりそんなの聞かれても、パッと答えるのは難しい。過ごした時間は短いが、俺とアイツは既に一言で表せる関係性というわけでもない気がする。とにかく色々あり過ぎた。
「うーん、知り合い……よりは深い関係にある気がするけど、友人って言うのはなんか違う気がするし……うーん、結局俺にとってアイツってなんなんだろうな……?」
「えへへ、私はそういうフクザツな関係、結構好きだよ」
「あー、いや、まあ、フクザツっちゃフクザツなんだけどさ。多分白木さんが期待してるような関係とは違うと思うよ?」
ニコニコしている白木さんには大変申し訳ないのだが、俺とリサの関係の複雑さには恋愛など一切関係ない。主に金銭方面やら、俺が童貞なことをバカにしてくることやら、初夜にいきなり魔女として襲いかかってきたことやらが関係している。残念ながら、そこに甘酸っぱい感情など1ミリたりとも存在していない。
ああ、できることなら俺も今の甘ったるい同居生活ではなく、普通の甘酸っぱい青春をしてみたかったものだ。あのシェアハウスは何かと糖分が高すぎる。まあ、その分毒もたっぷり入っているんだろうけども。
「で、結局岩崎くんってこの後どうするつもりなの? リサは私に岩崎くんを好きに使って良いって言ってたけど、雰囲気的に君ってリサから無理矢理連れてこられた感じでしょ? 今から帰るって言うんなら、別に私は止めないよ? まあ、働いてくれるんなら、それはそれで私は嬉しいけど」
「あー、それは……白木さんが迷惑じゃなければ、今日は俺も働かせてもらおうかなって思ってるよ」
帰りたい気持ちが無いと言えば嘘になるが、リサから下僕認定喰らったまま退散するわけにもいかない。とにかく今日はしっかりアイツとの関係を元通りにして、岩崎家の企みを潰す必要がある。
「ふふ、やっぱ岩崎くんってリサと仲良いんじゃないの?」
「え、どしたの急に」
「いや、もしかしたら岩崎くんは、リサと喧嘩したままなのが嫌だから帰りたくないんじゃないかなーって思って。だから、仲直りするまでここに居るつもりなんじゃないかなー、みたいな?」
「はは、どうなんだろうなぁ」
ポニーテールをピョコリと揺らして期待のまなざしを向けている彼女には申し訳ないのだが、俺はそんな風に回答を濁すしかなかった。
そう。俺はどう答えれば良いのか分からなかったのだ。そもそも俺とリサが喧嘩している状態なのかすら分からないし、仮に喧嘩をしているとしても、俺はどうしてアイツが急に怒り出したのかが分からない。
タイミング的には俺が協力関係を解消しようとしたのが、リサを怒らせるきっかけになったんだろうな、というのはなんとなく分かる。しかし、どうしてそれが俺を無理矢理海の家に連行し、下僕呼ばわりするまでになったのかが全くもって分からない。
「はぁ……」
皮肉なほどに眩しいビーチを眺めつつ。テーブルに頬杖をつき、クソデカ溜息を1つ。
少しの間一緒に暮らして、俺はリサのことをある程度理解したつもりになっていた。東条リサがどんな人間であるのかということを、なんとなく知ったつもりになっていた。
でも、それはきっと俺の見当外れな勘違いで、俺は本当は何も知らなくて。だから、俺はどうしてアイツが怒っているのか理解できないんだろう、と。
そんな不甲斐ない自分に嫌気が差してきた俺は、初対面の女の子が居るのにもかかわらず、気づけば大きな溜息を漏らしてしまっていた。