ゴリラギャルと下僕な俺
東条リサとの"魔女狩り同盟"を解消し、俺たちの関係性をリセットする。
それは彼女を岩崎家の悪意から遠ざけるため、ひいては今後も彼女が平穏な暮らしを魔女ハウスで送るために必要だと判断した。
もしかしたら、本来は騙される側の俺がリサにここまでの気遣いをする必要はないのかもしれない。だが、リサには自暴自棄になりかけていた俺に協力してくれたという恩がある。普段は口が悪くてムカつく時もあるが、このイカれたシェアハウスが始まった時に俺を諭してくれたという感謝の気持ちがある。
だから先刻、少しばかりの名残惜しさを感じながらも、俺はリサに告げたわけだ。"相棒ごっこ"はもう終わりにしよう、と。この異質な関係性を取り消して元の関係性に戻ろう、と。
それで全てが解決する。俺たちの距離感が本来あるべき形に戻ることで、魔女候補4人の嫉妬心は薄れていく。そう考えれば、この選択に間違いなどないはずなのだ──と、思っていたのだが。
「おいリサ! ちょっと待てって! なんで俺の腕を掴んだままズンズン歩いてんだよ!?」
「うるさい黙れし」
照りつける太陽。熱を帯びた砂浜。一面に広がる大海原。しかし、そんな美しい光景の中で目の前に居るのは、なぜか不機嫌さMAXで俺の腕をグイグイ引っ張りながら歩く金髪ギャル。家族連れとかカップルとか、とにかく色んな方面から突き刺さる視線を感じつつ、なされるがままに砂浜を歩く。
どうしてこうなった?
いや、リサを送り届けたら一旦帰る予定だったんだが。泊まり込みでバイトとか言ってたし、一旦帰る予定だったんだが。でも帰ろうとしたら、なんかいきなり運転席から引きずりだされて気づいたらこんなことに、ってアイテテテ、痛い。ギャルの握力が強すぎて腕痛い。
「ねぇリサさん、痛いよ。腕折れちゃうから離してよ」
「折れた骨って治ったら強くなるらしいよ」
「いや骨折前提で話すのやめてくんない!?」
なぜだ。なぜこのギャルは俺を海の家に連行しようとしているんだ。話が違うじゃないか。目的地に送り届けたら俺の仕事は一旦終わりのはずだろ。バイト先まで連れ回されるなんて聞いてない。
そして、リサから腕をガッチリホールドされながら砂浜を歩くこと約5分。とうとう俺は海の家に辿り着いてしまった。
「おーい、ミッチー! 仕事手伝いに来てあげたよー! 居るなら出てきてー!」
到着するやいなや、開放されている入口から大声で店内に呼びかけるリサ。どうやらまだ開店時間を迎えているわけではないらしく、店の中に客が居る様子はうかがえない。ミッチー、というのはリサの友人なのだろうか。
そんな具合に推察をしていると、半袖短パンの上にエプロンを纏った女の子が店の奥から出てきた。
「おー、リサ! 今日は来てくれてありがとね! いやー、人手が足りなくて困ってたの! ホント助かるよ!」
パタパタと俺たちの前に駆け寄ってきた彼女は、なかなかに顔面偏差値が高めであった。頭の後ろで結んだ黒髪のポニーテールが特徴的で、芦屋さんほどではないものの低身長。美人というよりは、どちらかというと可愛い系、といった顔立ちだろうか。リサとはまた別系統だな。
「えっと……それで、今リサに腕を掴まれてるその男の子は誰なのかな?」
「某企業の御曹司、もとい金づるです」
しまった、つい本音が。
「オイ、このバカ。なにミッチー相手にいきなり変なこと言ってんのよ」
「アダダダダ! ごめん! ごめんって! ギブ! マジでギブ!!」
今腕からミシって音鳴ったんだけど。どんだけ力強いんだよコイツ。つーか、さっきから機嫌悪過ぎだろ。怖いんだけど。
「あ、ごめんね、ミッチー。話が逸れちゃったね」
「いや、まあそれは良いんだけど。で、結局その人は誰なの?」
「あー、コイツ? コイツは今日アタシ達のバイトを手伝ってくれる助っ人だよ。まあ、アタシの下僕みたいなもんかな?」
「……は?」
いや、待て。ホントに待て。そんな話聞いてない。あと下僕ってなんなんだよ。
「おいリサ。色々ツッコミどころが多すぎるんだが。バイト手伝うとか聞いてないんだが。お前の奴隷になった覚えなんて無いんだが」
「フン、アンタはもうアタシの相棒じゃないんでしょ? "相棒ごっこ"は終わりなんでしょ? だったら、ここからはアタシの自由にさせてもらうから。つーわけでアンタ、今日からアタシの下僕ね」
いつになく冷めた態度をとりつつ、ビシッと人差し指を俺に向けながら、とんでもない暴論を放ってきたリサ。あまりに予想外の展開に驚きを隠せていないところであるが、果たしてこの先俺はどうなってしまうのだろうか。
衝撃だらけ、波乱だらけ。泊まり込みバイト体験の幕が、突如として上がった。