サービスエリアの乱
海の家への道すがら。某高速道路の、某サービスエリア駐車場にて。
「さぁ、岩崎さん! 早く車から降りてくるです!」
「やっほー、大河っち! カモンカモーン!!」
「ふふふ、大河さん? 早くしてくださいません?」
「はぁ、はぁ。もう、3人とも酷いよぉ。ペーパードライバーなりに頑張って運転したんだから、車降りる前に少しは私を労ってもいいじゃん……」
停止した我が車の前に立ち塞がっているのは、頬を膨らませてプリプリと怒っている芦屋さん、何か含みを持たせた笑みを浮かべる舞華、目が笑っていない沙耶、そして満身創痍の千春さんという、なんともバラエティに富んだ同居人総勢4名であった。『誰も起きてない時間に出発したはずなのに、どうして俺の車に追いつくことができたのか』とか、『そもそもなんで俺とリサを追いかけてきたのか』とか、『いや、その車どうやって手に入れたん?』とか、とにかくツッコミどころしかない。
このまま車の中に引きこもっていたところで状況が変わるわけでもないので、俺は観念してドアを開けることにする。
「えー、ご、ご機嫌よう、麗しきお嬢様方」
おそるおそるご機嫌取り用のセリフを放ちつつ、ボンネットの前で待ち構えている4人の元へ向かう。
「あ、やっと出てきたぁ! おっはよー、大河っち! で、なになに? 大河っちとリサっちって私たちが知らないうちにドライブデートに行くような仲になっちゃったの?」
開口一番。俺が車から出てくるやいなや、舞華がとんでもない勘違い爆弾を投下した。
「いや、あのな、舞華? 別にそういうわけじゃくなくて、俺はただ単にリサの送迎を──」
「リサばっかりずるいです! 私も岩崎さんとドライブデートしたいのに!!」
「いや、だから芦屋さん。俺は別にリサとデートをしてたというわけでは──」
「そ、そのっ! やっぱり大河さんはリサちゃんのことが好きなんですか?」
なぜだ。なぜ誰も最後まで話を聞いてくれないんだ。
「ほ、ほら、大河くん困ってるじゃん。何か言いたそうだったし、最後まで話を聞いてあげなよ……」
困り果てている俺を見かねたのか、興奮した様子の3人を千春さんが宥める。
「あ、ごめんね大河くん。実は今朝、執事さんから『御曹司と東条様が2人でお出かけになったようです』って連絡が急に入ってね? なんかそれと同時に大河くんの位置情報まで送られてきて、しかも『家の駐車場にお車も手配済みです』って、ご丁寧に追跡用のワンボックスカーまで用意されてて。それで、4人の中で免許持ってるのが私だけだったから、『千春! 運転お願い!!』って無理矢理ハンドル握らされたの。で、なんか気づいたら、こんなことになっちゃってて……私は追いかけるのなんてやめた方が良いって言ったんだけど、3人がどうしても納得してくれなかったから、仕方なく私が運転することに……うぅ、私ペーパードライバーなのにぃ……」
「オーケー、千春さん。おかげで状況がよく分かった。今はとりあえず無理せず休もっか。せっかくサービスエリアに居るんだし、飲み物でも買ってくるといいよ」
「うん、わかった……」
すると、いかにも疲労困憊といった様子の千春さんは「道路、コワイ」と呟きながら、トボトボと自販機の元へ向かった。
さて、千春さんの話のおかげで大分状況は読めてきた。要するに今回のカーチェイスもどきはウチのクソジジイのせいで起きたってわけだ。
つまり、ここに至るまでの経緯をまとめると、こうだ。
①なんらかの手段で俺がリサを海の家まで送ることを知った爺が、俺たちの出発後に魔女ハウスへと連絡。その際、『俺とリサが2人で出かけた』と、敢えて意味深な言い回しをすることにより、沙耶、舞華、芦屋さんを挑発。
②爺からの連絡で『俺とリサの関係性に変化が起きた』と勘違いした3人は、提供された車と位置情報を駆使し、俺とリサを追跡。千春さんは乗り気では無かったものの、運転手として駆り出されることに。
③サービスエリアにて俺の車と合流。カオスな展開に。
うーん、やはりジジイが場を引っ掻き回しているだけである。
しかし、岩崎家の人間がなんの理由も無くこんなことをするのはありえない。ウチの執事は何かしらの目的を持って女性陣の心理を揺さぶった、ということになるだろう。
では、その目的とは一体なんなのか。『リサと俺の仲が進展している』と4人に勘違いさせることにより、一体何が起きるのだろうか。
満身創痍の千春さんに関してはなんとも言えない。だが、沙耶、芦屋さん、舞華の3人は、俺とリサの距離感に相当な不満を抱いている様子だ。おそらく爺の狙いはその意志を刺激することにあるのだろう。
正体がバレたまま同居を続けるリサ。
リサと浅からぬ関係を築いている俺。
その状況に不満を抱く4人の女性陣。
ここまで考えてれば、自ずと爺、ひいては岩崎家の今回の狙いが見えてくる。
すなわち、今回の岩崎家の目的とは──東条リサを魔女ハウスから追放することだ。