星に願いを
さっきのリサのニヤケ顔がマジで腹立つ。
最近『お、リサって意外といいヤツなんじゃね?』とか思ってたのに、油断した途端に性悪ムーブかましてきやがって。一瞬でも相棒とか思ってた俺がバカだった。
「え? なんだアレ?」
頭上に無数の星々が煌めいているという状況に変わりはない。だが今この瞬間に限っては、その星々の間を、放射線状の軌道を描いて飛び交う白線のようなものが俺の目に見えた。
「あ! アレ流星群だよ! うわー、すごい!! しかもアレ、突発群だよ!! 予期せずいきなり現れる流星群!! 多分あと15分くらいは、流れ星見られるチャンスなんじゃないかな? あ、こうしちゃいられない! 動画撮らなくちゃ!!」
そう言って、魔女ハウスに来て以来、見たことのないようなハイテンションでジャージのポケットからスマホを取り出して頭上にかざす千春さん。流星群がいきなり現れたというのも驚きだが、俺にとってはそれと同じくらい彼女のテンションに驚きである。
まあ、それだけ星に情熱を持っているという証拠だし、良いことだとは思うのだが。
「あ、願い事! 流れ星といえば願い事ですよね!! ねっ! 岩崎さん!!」
「え? ああ、確かにそうだね」
一方、芦屋さんは流星群そのものというよりは、流星群にまつわるスピリチュアル的な事に興味があるようだ。じぃっと夜空を見上げながら流れ星を待っている姿が実に愛らしい。
ま、そんな彼女の願いが『1000万円ゲットできますように』である可能性もゼロではないわけだが。うん。これ以上考えるのはよそう。うっかり死にたくなってしまいそうだ。
「ふふ、もう私はちゃんとお願い事をしましたよ?」
勝手に芦屋さんに癒され、そして勝手に現実を見て天に召されそうになっていたのも束の間。今度は沙耶がグイッと身体を俺に寄せながら声を掛けてきた。
「あ、ちょっとっ! 沙耶近過ぎ!」
そしてその様子を見るやいなや、抜け駆けを許すまじと舞華もグイッと俺に近づいてくる。
あー、やばい。コレはやばい。2人のシャンプーの匂いが混ざって色々やばい。もはや桃源郷だ。いっそのこと、このまま窒息して死んだ方がマシなのでは──
「──アンタ、そんなんだと1000万円だよ」
「ッ!?」
唐突に背後からボソッと放たれたギャルの口撃によって危機感を感じた俺は、
「あー、えっと、うん。2人ともちょっと近過ぎる気がするな! うん! 流星群終わる前に俺も星に願ってみたいし、ちょっとだけ離れてほしいかな!」
気づけば2人との距離をとるべく、反射的にそんなセリフを口にしていた。
「ぶぅー、大河っちのケチー。まっ、まだまだ近づくチャンスはいっぱいありそうだし、今日のところはこれくらいにしてあげますけどー」
「ふふ、とりあえず私の願い事には大河さんが深く関わってるってことだけは言っておきます。まあ、詳しいことはヒミツですけどね?」
舞華は不貞腐れながら、そして沙耶は唇に人差し指を当てて微笑みながら。それぞれ不穏なセリフを残しつつも、2人は渋々俺から離れていき、再び星空を見上げ始めた。
え、なんだろう、この感覚。我に戻れてホッとしたっていうのはあるけど、あの甘い香りがフッと消えるのは、それはそれで名残惜しい。
「いや、なんでちょっと寂しそうな顔してんのよ。つーかアンタ、鼻の下伸ばし過ぎ。いい加減あの距離感にも慣れてくるもんじゃないの? それともなに? かわいい子の匂いってそんなに良いもんなの?」
さっきからなぜにこのギャルは俺のモノローグに割り込んで来るんだろうか。
「おい大河。ボーッとしてると流星群終わっちゃうぞ。ほら、アンタでも一応願い事くらいはあるんでしょ? さっさと祈っちゃいなさいよ」
「いや、お前情緒不安定かよ。さっきまで性悪ムーブかましてたくせに、なんでいきなりチョット優しいこと言うんだよ。ワケ分かんねぇっつの」
「ん? あー、それは、ほら、アレだよ。躾にはアメとムチが大事だってよく言うじゃん? それだよ、それ。たまにはアメも与えないとね」
女王様か、お前は。
「んー、願い事、願い事かぁ」
顎に手を当てて唸りつつ、次に来る流れ星を待つべく夜空を見上げてみる。しかし、いきなり『願え』と言われても、願い事なんてそうそう思いつきやしなかった。
「……あ。そういや、一応1個だけあるかもしんねぇな、願い事」
1つある気がするというか、今思いついたというか。理由はわからないが、ボーッと空を眺めていると、到底叶いっこなさそうな願い事が1つだけ頭に降りてきた。
そして同時に、
「え、いや、どうしたんだよ皆。いきなり俺の前で隊列組んじゃったりして」
なぜか5人の女の子が横一列になって俺の目の前に並び始めた。
「岩崎さんの願い事が気になるんです。まあ、岩崎さんは私たちのことなんて気にせずに、次の流れ星を待っていてください」
「うーん、でも大河っちの願い事ってなんなんだろうね?」
「えっと、うん。私も大河くんの願い事は気になるかな」
「ふふ、『沙耶をボクのものにしたい』とかでも良いんですよ?」
「ほら、童貞。アンタは私たちのことなんか見なくていいから空だけ見ときなさい」
え、何コレどういうこと? あと最後、なんかめっちゃ失礼な当て字使われてた気がするけど多分気のせいじゃないよな?
「もしかしてコレって、俺だけみんなの前で願い事を声に出して公開しなきゃいけない、みたいな雰囲気です?」
「「「「「うん」」」」」」
なんでこういう時だけ息ピッタリなんですかね。
まあ、こんな願い事、5人の前で言えるわけなんてないし、公開なんて死んでもやらないんだけどな。
おっと、いかん。このまま考え事ばかりしてたら次の流れ星を見逃しかねない。どうせ叶いっこない願いかもしれないけど、願うこと自体は自由だからお祈りくらいはしておかないと。
などと、気合を入れ直して夜空を睨んだ時だった。
「はは。おい、マジかよ」
別に願い事に失敗したから笑ったわけではない。星々の間を縫いながら一瞬で流星が消えていったのはしっかりと見えたし、その間にきちんと自分の願い事を心の中で唱えることはできた。
しかし、ただ一点。明らかに常軌を逸していたその光景を目にした俺は、ただただ失笑することしかできなかったのだ。
そりゃあ笑うしかない。だって俺の目の前では確かに、流星の軌道が6つも見えたのだから。
俺たち6人の頭上を6つの星が同時に流れていった。まるで測ったかのように、俺たちと同じ人数分の星が足並みを揃えて夜空を駆けていったのだ。
性格もバラバラで、目的もバラバラで。互いに腹を探り合っている俺たち6人の頭上を、確かに同じ数の星が、同じ方向を向いて流れていったのである。
「クク、クククク……アハハハハ!!!」
それがあまりにも皮肉が効き過ぎていて。
俺はもう、笑いが止まらなかった。
「アハハハハ! 腹いてぇ!! そんなことあるのかよ!! 傑作だわ、傑作!! アハハハハ!!」
あ、やばい。さすがに腹抱えて、いきなり膝を地面について大笑いし始めたら5人からドン引きされてた。皆マジで無言。
「えっと、大河っち? なにがそんなに面白かったの?」
腹を抑えてうずくまる俺に駆け寄り、心配そうにこちらを見つめる舞華。
「ん? なにが面白かったのかって? ああ、それはな?」
「それは?」
「それは──俺を捕まえられたら教えてやるよ!!」
なんだか妙にテンションの上がった俺は、舞華の不意をついて一瞬で立ちあがり、広大な庭を全速力で駆け回り始めた。
「ほら、5対1の鬼ごっこだ! 5人がかりで俺を捕まえてみろよ!!」
5人から十分な距離を取った俺は、そう言って彼女たちの方をビシッと指さして宣戦布告を決める。
すると──
「ぷっ! あははは! なにそれー! 大河っち完全に深夜テンションじゃん!! でも面白そうだから鬼ごっこやるー!! 待てー、大河っちー!!」
舞華が。
「あっ! 鬼ごっこ私もやります!! 舞華より先に岩崎さんを捕まえます!!」
芦屋さんが。
「ふふ、私は走るのが苦手なので、無理がない程度に参加しますね。よーし! 待てー、大河さーん!」
沙耶が。
「えー、みんなやるの? じゃあ私もやろうかな。運動は苦手だけど。え、えっと、ま、待てー、大河くーん」
そしてなんと、千春さんまでもが俺を追いかけるべく走り始めた。
「はぁ、まったく。アンタらは真夜中に何やってんだか」
その一方で、リサは『やれやれ』とでも言いたさげにドカッと芝生に座り込み、年甲斐もなく走り回っている俺たちの様子を眺めている。
「あははは! 待てー、大河っちー!!」
「もうっ! 舞華も岩崎さんも速過ぎですぅ!! もっと手加減してください!!」
「ふふ、大河さんも凪沙ちゃんも舞華ちゃんも皆元気ね〜」
「もう、みんな勝手なんだから……みんな速いよ……ていうか、走ったら眼鏡がズレちゃう……」
星空の下を、まるで小学生のように無心で駆け回る4人の美女たち。
「ほらほら、そんなんじゃ俺を捕まえらんないよ!!」
そんな彼女たちに乗せられ、俺もこの同居生活の本来の目的なんて考えずに、ただひたすらに彼女たちから逃げ回る。
もしかしたら、何年も経った後に振り返ってみれば、こんな時間があったことなんて忘れてしまうのかもしれない。偽り合っている俺たちが紡ぐ思い出は、もしかしたら全てが良いものにはならないのかもしれない。
でも。それでも。たとえ最後には崩れ去ってしまう関係だとしても。
今こうして彼女たちと笑い合っている時間は。今この瞬間、『楽しい』と思えているこの気持ちだけは、偽物じゃなくて本物だと信じたいのだ。
もし騙される運命にあるとしても、今日くらいはあの6つの流星のように同じ時間、同じ場所を駆け回りたい、と。それが現実逃避であると十分理解した上で、俺はそう思っているだけなのである。
だから、あの6つの星々が目の前を横切った時。それが叶わない願いであると知りながらも、俺は心の中で静かに祈ったのだ。
──このシェアハウスが終わる時も、こうして皆が笑顔でいられますように、と。
これにて一章完結となります。
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