新たな不安
「え、大河くん? 私の部屋の前で何してるの?」
さて。こうして半開きのドアからピョコリと顔を出している千春さんと不意に向かい合うことになったわけだが、いやはや、どうしたものか。
さっき部屋の中から聞こえてきた、あの不気味な笑い声。果たして俺はアレについて触れていいものなのだろうか。それとも触れたら即爆発の地雷案件なのだろうか。
触らぬ神に祟りなしと言う。やはり、ここは何も聞こえなかったフリをするのが最善だろう。努めて平静を装いながら、俺は千春さんに声をかけることにする。
「いやー、ほら、アレだよ。今日は沙耶が居ないから昼飯どうしようかなーって思ってさ。それで千春さんと相談しようかなー、的なノリでここまで来た……みたいな?」
「え? だったら、どうしてノックしなかったの?」
「うっ! それは……」
千春さんの指摘はごもっともである。彼女に用事があるのなら、即座にドアをノックして声をかければいいだけの話だ。
しかし、あろうことか俺は何もせずドアの前に居座っているところを偶然千春さんに見つかってしまったわけである。シンプルに怪しいし、そこを問い詰められるのは至って自然だ。
そして残念ながら、俺はその問いかけに対する言い訳など用意していない。アハハ、マジやばい。
「えー、それは……ほら、アレだよ。ちょっと言いにくいんだけどさ。俺、女の子の部屋の前に来るのとか初めてで。そんでちょっと緊張して、キョドってドアをノックできなかったんだよ」
どうだ? 無理矢理言い訳捻りだしたが、ちょっと厳しいか……?
と、一瞬心配してみたものの。
「あー、そういうことだったの? へぇ、大河くんって結構ウブなとこあるんだね。ふふ、ちょっとかわいいかも」
どうやら、それは杞憂だったようだ。
「あ、あはは……」
千春さんは軽く口元に手を当て、クスリと微笑みながらこちらを眺めている。表情を見るに、俺の疑いは晴れたと判断して良さそうだ。
しかし、こうして笑ってるところを見ると千春さんはやはり普通に美人である。他の4人と違って少し地味めだからあまり目立っていないだけで。
「で、千春さん? 結局昼飯はどうする?」
なんとか誤魔化せたため、話を本題に戻す。
「あー、お昼ごはんの心配はいらないよ。全部私に任せてくれて大丈夫」
「と、いいますと?」
「今日のお昼ごはんは私が作るから大丈夫ってことだよ。まあ、料理とかほとんど作ったことないけど、なんとかなるでしょ。レシピ本もあるし」
「……なるほど?」
料理経験が無いと言いながら、謎に自信満々な表情を浮かべている千春さん。はたしてその自信には根拠はあるのだろうか。それとも、ただの自信過剰なのだろうか。
なんだろう。なんとなく不安になってきた。