チャンス到来?
8月15日、早朝。リビング内の食卓にて千春さんと向き合い、一心不乱にトーストを貪る。
「死にたい。いや、割とマジで死にたい」
「ま、まあ元気だしてよ、大河くん。私、さっき見たことは綺麗さっぱり忘れるから。ね? だから元気出そうよ」
いやいや、千春さんよ。さっきの忘れるとか絶対無理だろう。俺、ソファーの上で飛び跳ねながら変顔で奇声あげてたんだぞ。忘れろって言われても忘れられねぇだろ、普通。
「た、大河くんも男の子だもんね? そりゃ色々溜まってるよね。大丈夫。私は大河くんの味方だから」
やめてくれ。気を遣われるともっと死にたくなってくる。いっそのこと思いっきりドン引きしてくれた方がまだマシだ。
「ていうか、千春さんって実家に帰ってなかったんだね。てっきり千春さんも他の4人みたいに実家に帰ってるものだと……」
昨日の夜、俺はたしかに女の子5人が一斉に家から出ていく光景を目撃した。ので、てっきり全員そのまま実家に帰ったものだと思っていた。なぜ千春さんだけここに残っているのだろうか。
「え? 私、実家に帰るなんて一言も言ってないよ? 確かに私以外の4人は皆帰ったみたいだけど。ていうか私、昨日外に出たのって夜コンビニに行った時だけだし」
「な、なるほど」
ということはつまり、千春さんは他の4人と同時に家を出たものの、彼女だけは実家に帰ったわけではなく、ただ近所のコンビニに行っていただけだったということか。
だから千春さんだけは普通に魔女ハウスに帰ってきていて、今朝も普通に起きてリビングに来たと。で、その結果、偶然俺の奇行を目撃したというわけだ。誰か俺を殺してくれ。
「ふふ、そういえば大河くんとこうして2人きりで話すのって初めてだね?」
「あー、言われてみれば確かに?」
奇行を見られて羞恥心が限界突破したから、あまり意識していなかった。しかし、よくよく考えると一つ屋根の下に男女が2人きりという状況だ。
やべ、なんか急に緊張してきた。
「ん? 大河くんどうしたの? なんか顔引きつってない?」
「べ、別になんともないわよ?」
「語尾おかしくない?」
落ち着け岩崎。千春さんは他の4人に比べれば、それほど積極的に俺にアピールしているわけではない。ボディータッチも全然ないし、俺の部屋にピッキングして入ってくるわけでもない。そこまで緊張する必要はないはずだ。
むしろこの機会はチャンスと捉えるべきだろう。千春さんはまだ性格もイマイチ把握できてないし、普段はほとんど部屋に篭ってるしで、色々謎が多い。この状況を利用して、なんとか音崎千春の正体に近づけるようにするべきだろう。
「よし、ごちそうさま。じゃあ俺は一旦部屋に戻るよ」
「うん、分かった。あ、今日は私たち2人だけだし、なんか困ったこととかあったら遠慮なく言っていいからね」
「はは、千春さんは優しいね。分かった。なんかあったら連絡する」
空になった皿を片付け、一度自室へ戻るべく階段の方へ歩みを進める。
よし、まずはメガネの奥に隠れている正体を探るために色々作戦を立ててみるとしよう。