Lemon
男とは常に己の中に欲望を抱える生き物である。
街で美人とすれ違えば二度見してしまうし、運良くパンチラを拝めた日なんかには、高性能カメラのごとく一瞬で脳内メモリにその光景を保存する。男なんてそんなもんだ。
そう。いわば男とは欲望の獣なのである。
そして言うまでもなく、この俺、岩崎大河もその例外ではない。むしろ今の生活環境を考えれば、俺は他の男よりも欲望を溜め込みやすい状況にあるとも言える。
【あ? なにコッチ見てんの? キモッ】
毎日毎日生脚を晒しながら俺の部屋で漫画を読んでいる金髪ギャル。
【大河くん、ちょっとリサと仲良すぎない?】
風呂上りに無防備な格好で俺の部屋まで来るメガネっ子。
【にゃはは、私に夢中になっちゃっても知らないよ?】
散々俺をからかい、挙げ句の果てに額にキスまでしてくる茶髪の小悪魔。
【岩崎さん、だぁい好きっ!】
ゲームとはいえ、遠慮なしに告白してくる合法ロリ。
【大河さんは、私とデートに行くのは嫌ですか?】
なんの前触れもなく真剣な顔で俺を誘ってきた、スタイル抜群の後輩。
そんな同居人たちと暮らしていば、一般的な男子大学生が欲望を溜めこむことなど自明の理である。もしこの状況で普通に暮らせる男が居るのならば、ソイツは修行僧か、よほどの聖人君子だろう。
だが、しかし。残念ながら岩崎は修行僧でもなければ聖人君子でもない。毎日理性を保つのに必死だし、普通に性欲は溜まる。
それに加えて『男女比1対5のシェアハウス』という、この状況。これが本当に良くない。欲望を解放する隙が微塵も無い。
部屋で自家発電しようにも、発電中にリサが部屋に入ってきたら色んな意味で終わる。トイレでハッスル しようにも、他人との共同スペースで安易にそういうことをするのは気が引ける。
その結果、俺はこの奇妙なシェアハウス生活が始まって以来1度も欲望を解放せず、ひたすら耐え抜く日々を過ごしてきたわけだ。
だが──今日からはその禁欲生活ともしばらくおさらばだ。
「やっほーう! 盆休みサイコー!! 1人サイコー!! シコり放題!! ひゃっほーう!!!」
年甲斐もなくバカ丸出しで広いリビングを駆け回る。もちろん、普段の俺なら絶対こんなことはしない。
だが、今日は俺を止められる者は誰もいない。魔女候補は盆休みで全員実家に帰っている。このだだっ広い家に居るのは俺だけだ。つまり、なんでもやりたい放題ということだな。
「ウェーイ! ウェーイ!! おっぱい!! おっぱい!!」
意味もなくソファーの上で前転しながら、小学生レベルのセリフを叫ぶ。実は俺、1人きりになると頭のネジが外れてハッチャケるタイプなのである。
ここ最近は色々我慢して抑圧されていたからな。今のうちにやれることやってストレスを発散しなければ。
「よっしゃぁ! 今日は自家発電しまくってやるぜ!! アヒャヒャヒャヒャ!! チョホホホホホホホ!!!!」
奇声をあげながらソファーをトランポリン代わりにして飛び跳ねまくる。側から見れば完全に狂人である。
だが、この奇行も目撃者が居なければ問題ない。ストレス発散法は人それぞれだからな。バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ──
「え、大河くん? そんなところで何してるの?」
「……」
おかしいな。リビングの入口にメガネの女の子の幻覚が見える。ものすごく千春さんに似ている女の子の幻覚が見える。
あ、分かった。コレ夢だな。きっと俺は夢を見ているんだ。
「なーんだ、夢かぁ。あっはっは」
「えっと、すごく言いにくいんだけど……大河くん? 多分これは現実じゃないかな? ごめんね、『今日は自家発電しまくってやるぜ!』のあたりからバッチリ聞いちゃった」
「……」
夢ならばどれほど良かったでしょう。