なんてこった
沙耶と千春さんが出て行った後の、1人ぼっちのマイルーム。俺は"舞華に勉強を教えるための勉強"を再開するべく学習机に座り直し、エナジードリンクを喉に流し込みつつ教材と向かい合う。
だが、その集中力は長くは続かなかった。
「クソ、ダメだ。さっきのが強烈過ぎて全然集中できねぇ」
"さっきの"ってのは、言うまでもなく沙耶からデートに誘われたことである。
【リサちゃんのことは別に何とも思っていないんですよね? だったら私とデートに行くのも何の問題もありませんよね? それとも、私とデートに行くのは嫌ですか?】
普段は余裕を持っていて、どこか大人っぽくて色っぽくて。そんな沙耶があんなに真剣に俺をデートに誘ってきたってのはビックリしたし、正直かなりドキッとした。今まではずっと色仕掛けとか体の触れ合いとかを警戒してたけど、ストレートに誘われるのが1番破壊力あった。
「でも、沙耶って具体的なデートの日程とかは何も言わなかったんだよな」
一応デートに誘われはしたものの、あの後結局、沙耶は俺の返事も聞かずに顔を真っ赤にして部屋からダッシュで出ていってしまった。千春さんは千春さんで『じ、じゃあ、おやすみ、大河くん……』って言って、すっげぇ気まずそうな顔をしながら沙耶の後を追って部屋から出ていったし。
「はぁ、デートかぁ……」
あんな可愛い子から誘われたんだし、健全な状況なら、ここは溜息など吐かずに喜んで庭を駆け回るところだろう。高校の時は勉強漬けでロクにデートなんてしたことなかったからな。そりゃあ嬉しくないって言ったら嘘になる。
でも、まだ沙耶が"あの子"だっていう保証はどこにも無いわけで。
だからといって頭ごなしに沙耶からの誘いを無碍にするような度胸なんて、俺にはまったく無いわけで。
「はは、ホント。どうすりゃいいんだよ」
自分の恋愛経験の少なさを恨みつつ。そんなことを力無く呟いた俺は、現実から目を背けるかのように、再びシャーペンを手に取り、教材に目を通し始めた。
◆
「……ハッ!!」
やべぇ、勉強してたらいつのまにか寝落ちしちまった。
「って、もう外明るいじゃねぇか……」
カーテンの隙間から差し込む朝日の光を眺めつつ。自分の集中力が一晩続かなかったことを悟った俺は、少し憂鬱な気分で眠気眼を擦る。
「あー、やっべ。変な体勢で中途半端に寝ちまったから頭痛ぇし、身体も痛ぇ」
寝落ちするくらいなら、ちゃんとベッドで寝るべきだった。身体中バッキバキだし、寝不足で頭ガンガンする。
「ん? なんだ、この毛布? いつもはベッドの上に敷いてるはずなのに......なんで俺の肩に掛かってるんだ?」
微睡の中、肩に何か柔らかい感触を感じたので直接手で触れて確認してみる。するとどういうわけか、俺の肩には、いつもベッドの上に置いているはずの毛布が掛けられていた。
え、マジでこの毛布なんなんだ? 寝ボケてるうちに自分で毛布をベッドから持ってきたんだろうか。
それとも、まさかリサが夜中に俺の部屋に来て……?
「はは、んなワケねえか」
アイツが俺にそこまでする義理は無い。まあ、寝ボケて意識が朦朧としてる時に自分で毛布をベッドから机まで引っ張ってきた、みたいな感じだろ、多分。
と、半ば強引に自分を納得させた俺は、現在時刻を確認するべく机上のスマホを手に取る。
「うーん、まだ7時なのか。つか、夜中に母さんからめっちゃメッセ届いてるな。なんだこれ」
時刻を確認すると同時に通知欄を見てみると、そこには『母:新着メッセージ10件』という表示があった。シェアハウス生活からほぼ1週間たったというのに、今更母さんが俺に何か用でもあるのだろうか。
一抹の疑問を抱きつつ、俺はメッセージアプリを起動して母とのトーク欄を開いてみる。
【母: 大河さん久しぶり〜! どう? シェアハウス生活楽しんでる?】
【母: あれ? 返事が無いなぁ。もしかしてもう寝ちゃったかな?】
【母: おーい、大河さーん!】
【母: 大河くぅーん!】
【母: 大河! 英語で言うとビッグリヴァー!】
【母: なんてこった。へんじがない。まるでしかばねのようだ。】
【母: あ、どうでもいいけど、『なんてこった』って『パンナコッタ』に似てない?】
【母: 返事が無い! なんてこったパンナコッタ!】
【母: ナンテコッタパンナコッタ!】
【母: あはは、なんか面白くなってきた】
なんだ、ただの既読スルー案件か。
まったく。シェアハウスを仕組んだ親父もだが、母さんも母さんで何考えてんのか全然分かんねぇ。なんで夜中にこんな謎メッセ送ってきてんだよ。アンタは一体息子に何を求めてるってんだよ。
などと心の中で母親にツッコミを入れていると、突然コンコンとドアをノックする音がした。
「ん? こんな朝早くに誰だ?」
あれ、今までこんな朝早くに誰かが来たことなんてなかったんだけどな。つーか、最近人が来ることが多いような──
「おはようございますです、岩崎さん! あのー、もしかしてまだ寝ていらっしゃいますか?」
「その声は芦屋さんかな? どうしたの? こんな朝早くに」
朝食の呼び出しにしてはまだ早い時間である。何用であろうか。
「え、えっと、芦屋さん? 俺に何か急用でもあるのかな?」
「あー、いや、えっと、急用ってわけでもないんですけど、そ、その、え、えっと……」
ドア越しで会話をしているので表情は分からないが、どうやら芦屋さんは少し緊張しているようだ。はてさて、一体俺に何を告げようとしているのだろうか。
そして、間を置くこと数秒。芦屋さんは少しだけ声を震わせつつ、満を辞して『それ』を俺に告げた。
「い、岩崎さん! 今から私と『愛してるゲーム』をしませんか!?」
「……へ?」
「だ、だから、その! あ、愛してるゲーム、です!」
「……」
なんてこったパンナコッタ。