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この中に1人メインヒロインがいる  作者: Taike
最終章 運命なんていらない
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運命なんていらない

 魔女ハウスにはルールがある。


その1. 女性陣は岩崎大河に交際を申し込んではいけない。

その2. 女性陣は岩崎大河に幼少の頃の話をしてはいけない。

その3. 岩崎大河は大学卒業までに少なくとも1人に告白しなければならない。

その4. 東条リサは魔女よりも先に正体を明かしてはならない。


 リサは魔女四人の正体が判明するまで、“あの子”であることを隠し通してきた。

 今日を迎えるまで、決して幼少期の話をすることもなかった。


 彼女は律儀にも、最後までルールを守り続けてきたのである。


「はは、そうだよな。確かに、俺が先に自分の気持ちを言うべきだよな」


 ならば、俺だってルールを守らないわけにはいかないだろう。


 魔女ハウス規則第三条に従い、今ここで自分の想いを伝える。

 彼女の問いかけに答え、この奇妙な同居生活に終止符を打つ。


 ついに、決断の時がやってきたわけだ。


「白状しちまうと、全員の正体が分かった時点で、なんとなく答えは出ていたんだ。ただ、その気持ちを上手く伝えるための言葉が見つからなくて、言えずにいただけに過ぎない。結局どこまでいってもヘタレ童貞なんだよ、俺は」


 五人の女の子と暮らしておいて一度も間違いを起こさない男子大学生なんて、俺くらいしかいないだろう。我ながら、童貞力が高すぎて呆れてくる。


「だから、俺はカッコつけることしかできない。見栄を張ることしかできない。ヘタレな自分の弱い部分を見せないように、完璧な御曹司の偶像を演じることしかできないんだよ。今まで、ずっとそうやって生きてきたからな」


 それは魔女ハウス生活の中でも、変わることはなかった。


「舞華を助けた時も、沙耶と契約を結んだ時も、芦屋さんに協力している時も、ずっと見栄を張っていた。疑うのが辛いから、真正面から向き合うことしかできなかった。少し無理してカッコつけて、必死にならないと、俺は三人と今みたいな関係になることはできなかったんだ」


 大企業の御曹司としては、人を疑うことも覚えるべきなのだろう。しかし四人も魔女がいると分かった上でもなお、俺は最後まで彼女たちを疑うことはできなかった。


 将来人の上に立つ者なら、不要な関係はスパッと切るくらいの方が良いんだろう。けれども不器用な俺は、己の疑念に目を背けて彼女たちと共存する道を選ぶことしかできなかった。思い悩む三人を見たら、時には身の丈に合わないことをしてまで、彼女たちを助けたりもした。


 三人の前では、必死に岩崎の御曹司として見栄を張っていた。


「そして……シオンの前では、せめて弱い自分を見せないようにしてきた。俺に付いてきても大丈夫だって、思ってもらえるように。アイツの前では大企業を継ぐ重責や不安は押し殺して、足りない才能を補うために必死で努力するようにした」


 思えば、ずっと一緒に居たシオンの前でさえも、俺は見栄を張り続けていたのかもしれない。

 

 主人として、付き人に情けない姿を見せるわけにはいかない。

 岩崎を継ぐ者として、心のどこかでそんな思いを持ち続けていた。


「でも──お前だけは、違ったんだよ。魔女ハウスで会ってから今まで、お前には散々情けない姿も悩んでる姿も見られてきた。俺が弱ったり頭を抱えたりしてる時……隣に居るのは、いつだってニマニマ笑ってるお前だったんだ」


 あまりにもそばに居たから、その笑顔がある日常を当たり前のように思っていた。


 けれど今日、彼女が風のように消えた時。

 失って初めて、俺がどれだけその悪戯な笑みに支えられていたのかを思い知った。


「口は悪いし、許可なく部屋に入ってくるし、勝手に漫画読むし、人のこと運転手扱いしてくるし、海でめっちゃ喧嘩したし、いきなり目の前から消えるし。思う所を一つ一つ挙げてったら、キリが無くて夜が明けちまう。でも俺は、そんなお前と過ごしている時が一番ありのままの自分でいられたんだ。変な見栄なんか張らず、自然体でいられたんだ」


 隣に居る時は、それが特別なことだということに気づいていなかった。

 いつか終わる日常だったはずなのに、いつまでも続くような気がしていた。

 彼女と過ごす時間がなくなることを、想像さえもしていなかった。

 

 魔女ハウスが終わる時、他の四人との関係は変化することはなんとなく想像していたし、受け入れてもいた。


 しかし、リサを探して無我夢中で街を駆け回っている時。

 なんでアテもないのに、必死で見つけようとしているのか考えた時。

 俺は、リサとの関係が変わることをひどく恐れているのだと気づいた。


「本当の正体も、過去の出来事も関係ない。たとえお前が俺の足枷になろうと、無理矢理引きずってでも同じ未来に連れて行ってやる。俺は“あの子”じゃなくて、東条リサと一緒に居たいんだよ」


 ありのままの俺を受け入れてくれて、そっと寄り添ってくれる。

 見栄を張らなくても、ダサいままの俺でも、バカにしながらケラケラと笑いかけてくれる。


 随分と時間はかかったが、ようやく気が付いた──


「俺はただ、今目の前に居る女の子が好きで、同じ時を生きていきたいんだ。これまでも、これから先も、ずっと」


 ──俺はそんな彼女に、恋をしているのだと。


「一回そばを離れて初めて、お前が好きなんだって気づいた。そんな大馬鹿野郎でも良ければ、また派手に笑い飛ばしてくれないか?」


 我ながら酷い告白文句だと自覚しつつ、俺は彼女に右手を差し出す。


「ふ、ふふふ……あはははは! なにそれ、なにそれ! あはははは! いやぁ、やっぱ大河は大河だね。他の子の前ではカッコつくのに、どうしてアタシの前ではいつもビシッと決まらないワケ?」


 ついさっきまで涙目で黙っていたにも関わらず、リサは水を得た魚のように人の告白を笑い飛ばした。


「う、うるせぇな。だから、さっき言っただろ。カッコつかないから、お前が良いんだよ。変に気遣う必要もないからな」


 一世一代の大勝負と意気込んだつもりだったのに、すっかりいつもの調子に元通りである。


 ああ、まったく。やはり、こんなロマンのカケラもない再会と結末が運命であるはずがない。


「で、返事はどうなんだよ? 俺としては、さっさと手をとってほしいところなんだが」


「まあ、ちょっと待ってよ。その前に、“アタシが今どうしたいのか”ってのを答えないと、でしょ?」


「ん? ああ。そういや、そんなことも聞いたっけ」


「まったく、何忘れてんのよ。……って、アンタ、顔にめっちゃ砂ついてるわよ?」


「そりゃ、こんだけ長時間海辺に居たら砂の一粒や二粒くらいつくだろう」


 だが、ここで敢えて俺は宣言しよう。


 我々の人生に大それた運命なんていらないのだ、と。

 ドラマチックな始まりを期待するくらいなら、現状が理想的な結末に向かうよう今を全力で生きるべきなのだ、と。


「はぁ、まったくもう。仕方ないわね。顔拭いてあげるから、少し屈みなさい?」


「まあ、それは構わんが……って、ちょ、おま、急に何を!?」


 今を全うした結果、金髪美女から不意に塩味の口づけをされる──それくらいの結末なら、運命なんてなくても実現できるから。


「えへへ。夜でちょっと薄暗いけど、今度はお互いの顔見ながらキスできたね?」


「へ? は? へ? いや、それって、どういう……はっ! ま、まさか、夏休みに酔い潰れた時のアレの犯人って……!」


「ふふ、アタシだよ。ていうか、今更気づいたの?」


 唇に人差し指を当てつつ、リサは大層嬉しそうにニヤニヤしている。


「はい、アタシが今やりたいことはコレで終わり。なんていうか、その……あの時からずっと、大河とキスしたいなって、思ってたの」


 しかし、よくよく彼女の表情を見てみると、なんとも見事に頬が真っ赤に染まっていた。


「え、なに。お前、めっちゃ可愛いな。あとソレ、もうほぼ告白の返事になってるな」


「っ! い、いいでしょ、別に。キスが先でも、返事が先でも。アタシがアンタを好きってことに、変わりはないんだから」


「まあ、それもそうだな。……お前が居てくれるんだったら、なんでもいい」


 ムードもへったくれもないが、かくして魔女ハウスの物語は幕を閉じていく。


 確かにあった、あの夏は。

 あの幼き日の記憶は、潮風に乗って遠く海へと飛んでいく。


 アルバムのページをめくるように。

 大事だった記憶が薄れ、また別の大事な記憶で上書きされていく。


 ──俺と彼女と四人の魔女。傷つき、泣いて、笑い合った日々は、やがて宝物のような思い出となり、俺たちの未来を明るく照らすことだろう。


 


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