answer to flavor
魔女ハウス生活を送る上で大河がとった選択は、四人の魔女と向き合うことだった。
五人中四人が嘘つきという状況だったら、普通は人狼ゲームのような騙し合いになっても不思議じゃない。けれど、大河は自分を都合よく使おうとしている魔女がいると分かった上で、彼女らと歩み寄る道を選んだ。
大人になった大河は、昔よりも少しだけ口調が粗くなっていたりして、子供の頃とは変わってしまったように見えることもあった。でも、きっと誰にでも分け隔てなく接する心根は変わっていなかったんだろう。アタシが知っている大河の面影が残っているような気がして、なんだか無性に嬉しかった。
だからこそ、アタシは大河が他の4人と上手くやれるようサポートすることに決めた。その結果、魔女の内の誰かと結ばれて大河が幸せになれるんだったら、それでも良いと思った。
「ねぇ、舞華? アンタは大河の目の下にヒドいクマがあるのに気づかなかったの? 今日の大河を見て、本当になんとも思わなかったの?」
大河が舞華に勉強を教えるために頑張ってる時は、その努力が舞華に伝わるように陰で声をかけた。千春と沙耶には、夜食とドリンクを大河のところに持っていくように根回しをした。夜中に大河の様子を見に行くと疲れて寝落ちしていたから、そっと毛布をかけておいた。
「えへへ! 岩崎さん、だーい好きっ!」
凪沙と“愛してるゲーム”をしてるのも、実は廊下でコッソリ聞いていた。このまま何事もなければ、大河は本当に魔女たちと良好な関係を築けるんじゃないかと思った。
──けれど、大河が他の子と仲良くなればなるほど、アタシの心は痛んでいった。
大河がみんなと上手くやるのはアタシも望んでいたことなのに、アタシ以外の誰かと笑い合う大河を見るのはイヤだった。そんなことを考えてしまう自分自身が、嫌いになってしまいそうだった。
他の子と仲良くなってほしい。
でも、他の子と仲良くしているのを見るのは辛い。
この矛盾だらけの気持ちが生まれたのは、一体なぜなんだろう──そう考えた時、アタシは、自分が思っていたよりも『岩崎大河が東条リサを忘れている』という事実にショックを受けているんだと気づいた。
本当は、大河にアタシのことを思い出してほしい。
砂浜で一緒に遊んでたのはアタシなんだって、気づいてほしい。
大河の隣で魔女たちとの日々を見守っているうちに、気づけばそういうワガママな気持ちが抑えきれなくなっていった。
「アタシさ? 友達から海の家のバイトに誘われてて、明日から泊まり込みで海の家に行く予定でね?」
「ほう?」
「でもその海の家ってメチャ遠くてさ? 泊まりだと荷物とか多いし、電車移動だと大変なんだよね。だから大河に車で送ってもらおうかなって思って」
本当の正体がバレちゃいけないのは分かってる。
でも、少しくらいは海辺の日々を思い出してほしくて、アタシは夏休みに大河を思い出の場所へと誘った。
まあ結局、大河は今年の夏に行った砂浜が、昔アタシと遊んだ砂浜と同じ場所だってことには、最後まで気づいてなかったみたいだけど。
「"相棒ごっこ"はもう終わりにしよう。俺たちは元の関係に戻るべきなんだよ」
挙句の果てには、なんか急に相棒やめるとか言い始めたし。
「フン、アンタはもうアタシの相棒じゃないんでしょ? "相棒ごっこ"は終わりなんでしょ? だったら、ここからはアタシの自由にさせてもらうから。つーわけでアンタ、今日からアタシの下僕ね」
アタシはアタシで、普通に『相棒のままでいたい』って言えばよかったのに、素直になるのが恥ずかしくてヒドい言葉を浴びせてしまった。本当はそばにいたいだけなのに、大喧嘩をしてしまった。
それで不貞腐れて海を泳いでたら、今度は思いっきり足をつって溺れかけちゃって。
「俺は将来何人もの従業員の人生背負うことになってんだ。御曹司ナメんな。大切な同居人1人を助けるのくらい朝飯前だっつーの」
でも、大河はピンチになったアタシを、また昔みたいに助けてくれた。
次の日にアタシのせいで大河が風邪を引いたのも、子供の頃と全く同じで。
ただ今年の夏は、あの時と違ってアタシが大河の看病をできたのが嬉しかった。
「コイツ、まさか一晩中俺の看病をしてくれてたのか?」
実を言うと、看病中に大河が目を覚ました時。アタシは椅子に座って、寝たフリをしていただけだった。起きた大河と目を合わせるのがなんだか照れくさくて、目を閉じたまま大河の言葉を聞いていた。
「はぁ。そんな姿勢で寝てたら身体痛めるじゃねぇか」
そう言って、いきなり大河がアタシを抱きかかえてベッドまで運んだのもハッキリ覚えている。
「ありがとな、リサ」
背中越しに感謝を伝えられて、胸が熱くなったのも。
もちろん鮮明に覚えているし、これから先も忘れないと思う。
◇
他の四人と上手くやれるように手助けする一方で、アタシと過ごした幼い日々を思い出してほしいと願っている。いざ振り返ってみると本当にアタシは自己矛盾だらけで、まったくもって良い相棒なんかじゃなかったのだと思う。
「アンタ、普通にあの四人とデートすればいいんじゃないの? 日替わりで交代交代、みたいな感じで」
海の家で過ごした後、魔女との親交を深めたいと願う大河に、アタシは個別でデートをすればいいんじゃないかと提案した。
けれど、いざ魔女たちとデートをして距離を縮める大河を見ていると、胸が苦しくてたまらなかった。アタシはなにも思い出してもらえていないのに、アタシ以外の女の子の前で大河が笑顔を見せているのが辛くて仕方がなかった。
だから、デートウィークが終わった後。
六人での飲み会が終わって、みんなが寝静まった時。
「ねぇ」
「……ん? 今、何か言って──」
どうしても、この想いが抑えきれなくて。
けれども、この想いを直接伝えるわけにはいかないから。
「気づけ、バカ」
夏の夜長、闇に包まれるリビング。
ささやかな抵抗として、アタシは大河にキスをした。