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この中に1人メインヒロインがいる  作者: Taike
最終章 運命なんていらない
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責任

 両親の離婚がきっかけになって、大河に会えなくなってしまった。

 それでもまた会いたくて、新生活の地に思い出の砂浜を選んだ。

 けれど別荘はもうそこにはなくて、代わりに立派な海の家が建っていた。


「私、白木満! よろしくね!」


 ミッチーは、その海の家を運営している一家の一人娘だった。


 大河の別荘の跡地に、ミッチーの海の家ができていた。

 たったそれだけの偶然で、アタシは彼女と友達になったのだ。


 それからはミッチーとよく遊ぶようになって、日本の生活にもすぐに慣れていった。ミッチーのおかげで転校先でも普通に友達ができて、それなりに楽しい学生生活を送ることができたと思う。フィリピンに居た時は辛そうにしていた母も、日本に戻ってきてからは元気になってくれた。母と一緒に日本で暮らすという判断は、何も間違っていなかったんだろう。


 そうして平穏な日々を過ごしていくうちに、アタシは少しずつ大河を想う気持ちが薄れていった。


 ずっと初恋を引きずってたって、いつまでも前に進めやしない。

 きっと大河もアタシのことなんか忘れて、どこかで幸せになってるに違いない。


 そう自分に言い聞かせているうちに段々過去に固執することはなくなり、大学生になった頃にはほとんど大河のことを考えなくなっていた。


 そして、心の片隅から大河の存在が消えかけていた時──


「失礼、そこの君。東条リサさん、だね? ちょっとだけボクとお話してくれないかな?」


 大学からの帰路途中。

 思いもよらないタイミングで、アタシは岩﨑グループの使用人と出会った。



「ボクの名前は秋山シオン。一応、岩崎家の御曹司こと大河くんの付き人ということになっている」


 大学近くの喫茶店に入ると、執事服姿の美青年はご丁寧に名刺を手渡してきた。


「大河の、付き人……?」


「ふむ。やはり、その口ぶりだと君は大河くんのことを知っているみたいだね」


「いや、それは、その……」


「なぁに、別に隠すことはないさ。失礼ながら、君については色々調べさせてもらっている──東条リサ、二十一歳。フィリピン人の父と日本人の母の間に生まれ、幼少期をフィリピンで過ごした。しかしながら、父が経営する会社の業績不振を機に両親が離婚。その後は母と共に生活の地を日本に移し、現在に至る──ざっと、こんな感じだろう?」


 白髪碧眼の使用人は、まくしたてるようにアタシの経歴を語った。


「君が大河くんと過去につながりを持っていることも、未練が残る別れを経験していることも既にリサーチ済みだ。さぁ、腹を割って話そうじゃないか」


「な、なんなのよ、アンタ。一体何が目的だっていうの?」


 目の前の人物が確かに大河の付き人であり、アタシの素性を完全に洗い出したのは分かった。


 けれど、アタシに近づいてきた意図が全く読めない。


「目的は、まあ色々あるよ。でも、目的を説明する前に、まず君には今の大河くんを知ってもらう必要がある。彼が君と会えなくなった後、どんな想いを抱えて大人になったのか。それを分かった上で、ボクの提案を君に聞いてもらいたい」


 打って変わって真剣な表情で告げると、付き人は静かに主人の話を始めた。


「君と大河くんが最後に会ったのは、八歳の夏だと聞いている。家庭の事情で君が岩崎とのつながりをなくして以来、一度も会えていないということも知っている。その後、君がどんな気持ちで生きてきたのかボクには想像もできないけど──少なくとも、大河くんは君への未練を抱えたまま、大人になってしまったんだ」


「……え?」


 一瞬、理解が追い付かなかった。


 いつも明るく笑ってた大河が、過去に固執している?

 アタシなんかのことを、今でも考え続けている?


 忘れられていないこと自体は、嬉しいような。

 でも、アタシが原因で未練が残っているなら、申し訳ないような。


 上手く言葉にできない、複雑な感情を覚えた。


「君がいない九歳の夏も、大河くんは海辺の別荘で過ごした。あの砂浜で、君のことを待ち続けた。周りの大人が何を言おうと、大雨が降ろうと、大河くんは海辺を離れなかったそうだ。幼かった大河くんは、もう君に会えないという現実を受け入れられなかったんだろうね。ずっと続くはずだと思ってたものが急に目の前から消え去るというのは、九歳の少年にしてみれば相当にショックだったんだと思う」


「……そっか。そう、だよね。だって、まだ子供だったんだもんね」


 記憶にある大河の表情は太陽みたいな笑顔ばかりで、その顔が曇る光景なんて全く想像もできなかった。けれど、よくよく考えれば、あの時の大河はまだ八歳の少年だったのだ。仲良くしていた友達と急に会えなくなったら普通に傷つくし、ちゃんとサヨナラも言えなかったら後悔だって残る年頃だろう。


 もちろん、少女だったアタシも大河と離れ離れになったことは悲しかった。でも、あの時のアタシは家族のことを考えるのに精いっぱいで、会えなくなった後悔や未練に浸る余裕がなかった部分もある。


 生きるだけで精いっぱいだったから、アタシはそんなに過去に固執する暇がなかっただけだ。その点で言えば、人とのつながりを大切にして優しく生きている大河の方が、過去に未練が残りやすかったりするのかもしれない。


「このままじゃあ、大河くんは前に進めない。だから、ボクは大河くんが過去にケリをつけて、自分が望む未来を選択する機会を作ろうと思ったのさ──」


 その後、シオンは魔女ハウス計画の全容を語った。


 大河とアタシと魔女四人を集め、大河以外の五人は正体を伏せたままシェハウス生活を送ること。

 女性陣の目的は『大河に告白させること』であり、逆に女性陣側から告白したら即追放になってしまうこと。

 

 そして、アタシには『東条リサは必ず最後まで正体を隠し通さなければならない』という特別ルールがあることを告げた。


「君はあくまで大河くんの初恋相手というだけだからね。正直、大人になった大河くんが君を選ぶことが必ずしも彼の幸福に繋がるとは思っていない。色んな女の子と関わって、その上で誰を選ぶか、あるいは誰も選ばないかを決めて欲しいんだよ。君が初手でカミングアウトしちゃうと、初恋補正で大河くんが他の女の子を見ようとしなくなる可能性があるからね。それだけは避けておきたいって話さ」


 五人の立場を平等にしたいというのが、魔女ハウス主催者としての意図なのだろう。その口ぶりからは、アタシだけを特別な立場にしたくないという意思がひしひしと感じられる。


「とはいえ、君に魔女ハウスへの参加を強要するつもりはない。もし大河くんに会いたくないというのなら、ボクの提案を断るのも一つの選択肢だ。その場合は魔女ハウス計画を中止して、ひたすら大河くんに女性経験を積ませて無理やりにでも初恋への未練を断ち切らせるとしよう。人の想いってのは、案外上書きできるものだからね」


 煽るように言うと、シオンは不適な笑みを浮かべ、こちらを見つめてきた。


「は、はは。なによそれ。魔女ハウス? いきなり過ぎて困るんだけど」


 正直、思うところは色々とある。


 あの時は大河のことが好きだったけれど、今となっては自分でも大河をどう思っているのかよく分かっていない。この悶々とした感情を白黒ハッキリさせられるというのは、アタシにとっても良いことなんだろう。


 どんな形であれ、もう一度会えば、八歳の夏から止まり続けていたアタシと大河の時計の針はまた動き始める。結末は想像できないけれど、それだけは確かなことだ。


 そして何より、アタシのせいで、大河は過去に大きな未練を残している。


「まあ、いいわ。その話、乗ってあげる。……多分アタシには、ちゃんと大河が前に進むのを見届ける責任があるから」 


 だったら、魔女ハウスに参加してでも、アタシは大河が前を向いて生きていけるように行動するべきなんじゃないかと思った。


 ──たとえ魔女だと疑われようとも、アタシには大河が未来に進むための手助けをする義務があると思った。


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