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この中に1人メインヒロインがいる  作者: Taike
最終章 運命なんていらない
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the same beach

 一般的に、初恋というのは甘酸っぱくて愛おしい思い出を示す言葉なのかもしれない。

 けれど、アタシにとって初恋とは、後悔や未練を象徴する言葉だ。


「ごめんね、大河。アタシのせいで、こんなことになっちゃって……」


 溺れかけているアタシを助けた次の日、大河は高熱を出して寝込んでしまった。きっと、アタシのせいでズブ濡れになって身体が冷えてしまったからだと思う。


「リサちゃんに風邪が移っちゃいけないわ。大河の看病は私がしておくから、リサちゃんは他の部屋でゆっくりしててね」


 八歳の夏、日本で過ごす最後の日。

 その日はずっと大河が寝ているベッドの横に居るつもりだったけれど、大河のお母さんに言われて、アタシは大河の隣に居ることができなかった。


 結局、大河の体調は最後まで戻らないまま。

 アタシはサヨナラも言えず、日本を去ることになった。


「日本にはまた来年も来るし……ずっと会えないわけじゃないじゃ、ないよね」


 少しだけ心残りはあったけれど、アタシは自分にそう言い聞かせてフィリピンに帰った。


 ──後になって、その別れが大きな後悔になることも知らずに。



 織姫と彦星みたいな関係が、ずっと続くものだと思ってた。

 会えない日の方が多いけれど、この恋はずっと終わらないんだって思ってた。


 ──けれど、アタシが思い描いていた未来は、あまりにも突然に崩れ去った。


「ごめん、ママ、リサ……パパの会社、なくなるしれない」


 フィリピンに帰った直後、突如として父の会社で経営難が発生。

 競合他社から自社内の優秀な人材を一気に引き抜かれたことが原因で、急激に業績が悪化する事態に陥ってしまった。

 結果、岩﨑グループとの共同事業も断念せざるを得なくなり、更に業績は悪化。

 元々そこまで経営規模が大きくなかった父の会社は、あっという間に倒産してしまった。


「ごめん! 本当に、ごめん……! 全部、パパが悪いんだ! 業績を上げることばかり考えて、人材の管理を疎かにしていたから……!」


 そう告げると、父は「多額の借金を背負ったパパと居たら二人が不幸になってしまうから」という理由で、母に別れを切り出した。


 最初、母は「家族みんなで乗り越えよう」と父に説得を試みたものの、最終的には「リサの将来のため」ということで二人の意見が一致。アタシが母についていく形で、すぐに両親の離婚が決まった。


 そう。ある日突然、アタシは岩崎家とのつながりを失って、大河に会うことができなくなってしまったんだ。


 ──恋心どころか、マトモにサヨナラさえも伝えられずに。



 その後、アタシと母は父と別居し、小学校を卒業するまではフィリピンで二人暮らしをした。母がアタシに気を遣って、なるべく生活環境を大きく変えないようにしてくれたのだと思う。アタシが不自由なく暮らせるようにフィリピンで仕事を見つけ、数ヶ月に一回は父と会う機会を作ってくれた。


 けれど、フィリピンの大学を卒業してすぐに父と結婚した母は、全くと言っていいほどフィリピンで働いた経験がなかった。語学留学の延長線上でフィリピンに来て父と一緒になっただけの母にとって、離婚後に異国で子育てをしながら暮らすのは相当に骨が折れることだったのだと思う。アタシが中学に入る頃、母は既に心身共に限界を迎えていた。


「ごめんね、お母さん。きっと、アタシのために無理をしてくれてたんだよね」


 生まれ育ったフィリピンの地は大好きだったけれど、アタシは弱っていく母をこれ以上見ていられなかった。二人で幸せになるには、もうここで暮らすことはできないと思った。


「お母さん、一緒に日本で暮らそう。アタシ、お母さんの故郷でなら上手くやっていけると思うから」


 そして、中学一年の夏休み前。

 アタシは母と連れ立って、生活の地を日本に移した。



 日本で暮らす場所を決める時、母はアタシに「どんなところがいい?」と尋ねてきた。母が東京生まれだったこともあり、「実家から遠くない関東圏の範囲ならリサが好きなように決めていいよ」と、アタシに選択権を譲ってくれたのである。


 その時、アタシの脳裏に浮かんだのは大河のことだった。


 好きだと気づいた瞬間に、サヨナラも言えず離れ離れになってしまった男の子。

 後悔と未練ばかりが残っている、アタシの初恋相手。


 もし叶うなら、もう一度会いたい。

 会って話して、あの苦い思い出を洗い流したい。


 心から、そう思った。


「ねぇ、お母さん。岩崎の別荘の近くに住むのって、ダメかな?」


 だから、アタシは少しだけワガママを言って、新生活の地にあの海辺を選んだ。


 幼い日の思い出が残っている砂浜にもう一度行けば、もしかしたら大河とまた会えるんじゃないか──そんな、淡い期待を抱いて。



 結果的に言えば、海辺で新生活を始めてもアタシは大河と再会を果たすことができなかった。アタシが日本に越してくる一年前に別荘が潰されてしまったらしく、その周辺にも岩崎に関する建物は一つもなかったのである。


 別荘の跡地には、少しだけ立派な海の家が作られていた。


「ふふ、そうだよね。都合よく会えるなんて、そんなわけないもんね……」


 引っ越してきた直後、アタシはしばらく一人で海を眺めながら呆然としていた。ちょうど夏休み中で学校がないのも相まって、ぼうっとする時間だけはいくらでもあった。


 今頃、大河はどこにいるんだろう。

 もう一生、会えないのかな。


 そうして、無駄なことばかり考えて、海を見渡すだけの日々を過ごしていた時。


「ねぇねぇ。君、こんなところで何してるの? ていうか、この辺じゃあんまり見かけない顔だね?」


 アタシは、後に親友となる女の子──白木満に出会った。


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