両手に花?
(前回のあらすじ)後輩系お姉さんとメガネっ子が岩崎ルームに襲来。
真夜中の自室。突然の魔女候補2人の訪問に慌てふためき、『もしや今度は沙耶と千春さんが俺を襲いに来たパターンなのでは』などと身構えた俺であったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
というのも、
「はい、これ、チャーハンです。ふふ、私の手作りですよ? よろしければ召し上がってください!」
沙耶は俺に夜食を届けに、
「はい、大河くん。これ、エナジードリンクね。ごめん、私は沙耶みたいに料理が上手じゃないから、こんな物しかあげられないけど……受け取ってくれたら嬉しいな」
千春さんは俺に魔剤を届けに来てくれただけだったのだ。
そして現在、2人から『少しお話しませんか?』と提案された俺は、とりあえず2人を俺のベッドに座らせ、自分は学習机の上で沙耶のお手製チャーハンを頬張る、という形で雑談に花を咲かせているところである。
「へぇー、大河さんのお部屋ってこんな感じなんですね。ふふ、ちょっと想像と違ってました」
いつものように色っぽくて、それでいて可愛らしい笑みを浮かべながら沙耶が言う。こんな魅惑的な表情を浮かべられる上に、さらに料理上手で東大生、というのはちょっと属性の盛りすぎではなかろうか。
「うん、確かに意外だったかも。大河くんは御曹司なんだし、もっと派手な部屋だと思ってたよ。へぇ〜、意外と普通の部屋なんだね。あはは、なんか親近感湧いてきたかも」
一方、千春さんは年上らしい落ち着いた様子で淡々とした口調で話している。髪が少し濡れているような気がするが、もしや彼女は風呂上がりなのだろうか。そういえば、さっき千春さんとすれ違った時に石鹸の香りがほんのり漂っていたような気がするな。
「ねぇ、沙耶と千春さんはどうしてこんな時間に俺の部屋に来たりしたの? なにか大事な話があったりするの?」
「いや、特に大事な話があるわけではありませんよ? 私はただ、リサちゃんから『大河に夜食を作ってやってくれ』と頼まれたので、大河さんにチャーハンを届けに来たんです」
「まあ私も沙耶と似たような感じだね。リサから頼まれてエナドリ持ってきたって感じだよー」
「な、なるほど?」
まさかリサからの差し金だったとは。アイツ、一体何を考えているんだ?
ああ、そういえば──
【もしかしたらアタシもさ、なにか大河に協力できることがあるかもしれないじゃん?】
とか言ってたっけ。もしかしてリサなりに俺に協力してくれてるってことなのだろうか。俺が夜通しで勉強するつもりなのを見越して、沙耶に夜食を作らせたってことなのだろうか。
まあ、ホントのところがどうなのかは分からんが、とりあえず今はそういうことにしておこう。夜食があってありがたいことに変わりはない。ここは素直にリサに感謝だ。
「あ、そうだ。芦屋さんは今どうしてるの? 2人が俺の部屋に来るってのを知ったら、芦屋さんも飛んできそうなものだけど」
芦屋さんなら『私も岩崎さんの部屋に行きたいです!』とか言って、無理やりにでも俺の部屋に乗り込みそうなものだ。今ここに居ないっていうのは、なんとなく違和感があるというか、なんというか。
「あー、凪沙ちゃんはもう寝てますよ。あの子、いっつも21時には寝てるんです」
「あー、確かに凪沙っていっつも寝るの早いよねぇ。お風呂も毎日1番乗りだし」
「マジか」
生活習慣までロリっ子なのかよ。
「じゃあ時間も遅いから、私と沙耶はこの辺で失礼するね。まあ、もし機会があったら、今度は大河くんも私の部屋に来てよ。歓迎するからさ」
「あらあら、千春ちゃんったら、堂々と抜け駆け? ちょっとズルくない? 私も大河さんに部屋に来て欲しいんだけど?」
「え、でも1番ズルいのはリサじゃない? だってリサってずっと大河くんの部屋で漫画読んでるんだよ?」
「あー、それは確かに。魔女バレしているとはいえ、確かに最近のリサちゃんって大河さんとずっと一緒に居るもんね。そういえば凪沙ちゃんも『リサはズルいですっ!』って言ってたし」
え、ちょっと待って。なんか怖いんだけど。
いや、待て待てどうした。最初の千春さんの言葉的には『じゃあそろそろ私たちは帰りますね〜』ってパターンだっただろ。なんでそこからちょっと修羅場っぽくなってんだよ。
「大河くん!!」
「大河さん!!」
突然ベッドから立ち上がり、頬を膨らませて、なにやら真剣な表情で俺の方へと近づいてきた2人の魔女候補。はてさて、俺に何か用でもあるのだろうか。
「た、大河さんはリサちゃんのことが好きなんですか?」
おい沙耶。君は急に何を言ってるのかね。悪い冗談は、よしたまえ。
「いや、別にリサのことは何とも思ってないって。アイツは勝手に俺の部屋に来て勝手に漫画を読んでるだけだよ。それ以上でもそれ以下でもない」
一応リサとは協力関係ということになっているが、ここでは伏せておいた方が良いだろう。絶対めんどくさいことになる。
「でも、それにしてはちょっと仲が良すぎるんじゃないの? リサも大河くんにだけは心を開いているみたいだし」
いや、千春さん? あなた普段は結構大人しい方ですよね? どうして今日はそんなにアグレッシブになってるんです?
「えーっと、それは、ほら、アレだよ。リサってすぐに魔女バレしちゃったからさ。きっと他の子たちとどう接すれば良いか分かんないんだよ。だからアイツは俺としかフランクに話せないんじゃないかなー、みたいな?」
「……ふーん、なるほどね」
よし、なんとか誤魔化せたみたいだな。これであとは『今日はもう遅いから帰った方が良いよ』とでも言えば、この場は一旦収まるだろう。
と、少し油断した時だった。
「大河さん? だったら今度、私とデートに行きませんか?」
「へ? さ、沙耶? どうしたんだよ、急に?」
「リサちゃんのことは別に何とも思っていないんですよね? だったら私とデートに行くのも何の問題もありませんよね? それと、私とデートに行くのは嫌ですか?」
普段の妖艶な雰囲気とは打って変わり、大きな瞳で真剣にこちらを見ながら、俺に問いかけてきた沙耶。その上目遣いにはいつものような色っぽさはなく、普段の『お姉さん』というような印象は完全に打ち消され、その姿はただの健気な年下の女の子にしか見えなかった。