命令
事情を一通り把握した後、俺は他の二人と別れて単独行動をとることとなった。白木さんが「じゃ、私たちはその辺で一緒に時間潰しとくね?」と言い残すと、芦屋さんを連れてコテージを出ていったのである。
気遣いのできる白木さんのことだ。芦屋さんの目元が赤くなっているのを心配して、気晴らしにどこかへ連れ出したのだろう。さらには、俺に気を遣ってリサと二人で話せる状況を作ってくれたのかもしれない。とにもかくにも、彼女には頭が上がらない。
「よし、行くか」
コテージの階段を上り、リサが籠城している二階へと向かう。思いの外、緊張はない。
ほどなくして部屋の前に辿り着いた俺は、一呼吸置いてから扉をノックした。
「……誰? ミッチー? そろそろ夕飯の時間だっけ?」
「いや、岩崎だ。話があるからドアを開けてくれ」
「へ!? いや、えぇぇぇぇ!?」
己の身分を告げると、部屋の中からドンガラガッシャンと派手な物音が鳴った。見えないので状況はよく分からんが、多分ベッドから盛大に転げ落ちたのだろう。
「な、なんでアンタがここに!?」
「白木さんからタレコミがあった。ので、二時間ほど車を飛ばして参上した」
「なんかサクッとミッチーに裏切られてる!?」
それに関しては同情しなくもない。
「つーか『なんでここに?』は、こっちのセリフなんだよ。何も言わず勝手に居なくなりやがって。とりあえず話があるからドア開けろ」
「……やだ。絶対開けない」
「いや、なんでだよ。一緒に住んでる時は散々勝手に俺の部屋入ってきてただろ。たまには俺がお前の部屋に入ってもよくね?」
「と、とにかく! ダメなものはダメなの!!」
ふむ、やはり一筋縄ではいかないか。
「じゃあ、せめて理由くらい教えてくれよ」
「そ、それは……だって、大河は、もう知ってるんでしょ? アタシが本当は魔女じゃなくて、ずっと正体を偽ってたんだ、って。いつも悩んで苦しんでるアンタの横で、ずっと嘘をついてたんだ、って」
「まあ、そうだな。大体全部知ってる」
「だ、だったら! 今更どんな顔してアンタに会えばいいって言うのよ! アタシが最初から全部正直に言ってれば……大河が、誰かを疑う苦しみを味わうこともなかったんだよ?」
「はは、そうかもな。確かに、誰かを疑うのは辛かった。めちゃくちゃ悩んだし、苦しいこともあった」
なるほど。リサが姿を消した理由は、一言で表すなら『罪悪感』なのだろう。
確かに彼女の言う通り、最初から“あの子”が正体を明かしていれば魔女ハウス生活はすぐに終わっていた。なんならリサが魔女ハウス計画なんかに参加せず、個人的に俺の元に会いに来てくれれば、そもそも魔女ハウスなんて必要なかっただろう。その点で言えば、俺はリサのせいで不必要に思い悩む日々を過ごしていたのかもしれない。隠し事が全部バレたリサが罪悪感に苛まれるというのも、理解はできる。
「でも……苦しんだからこそ、得られたものもあった」
リサ以外の四人を疑い続けてきたが、結局は全員が魔女だった。ずっとそばにいたヤツが“あの子”だということにも気づかず、俺は四人の正体をひたすらに探る日々を過ごしてきた。結果だけ見れば、それは滑稽で、茶番で、無駄なことだったのかもしれない。
だが、俺は不必要に悩み続けてきた魔女ハウスの日々を、一度たりとも後悔したことはない。
「疑うのは辛かった。魔女のことで、たくさん悩んできた。でも、悩んだからこそ魔女たちのことを深く知ることができた。深く知って、時々みんなで傷つきながら、俺たちは未来に進むための方法を探し続けてきた」
舞華は過去のトラウマを乗り越えることができた。
沙耶は借金問題の決着をつけることができた。
シオンは長年隠してきた本当の自分をさらけ出すことができた。
芦屋さんはずっと伝えられなかった言葉を、形にすることができた。
彼女たちは傷つきながらも、止まっていた時計の針を、もう一度進めることができた。
それは六人が出会って、思い悩んだからこそ得られた結果だ。
「俺たち以外の4人は、みんな自分なりに未来に進む方法を見つけている。だから、次は俺たちの番なんだ。多分、俺とお前は──曖昧な過去を清算しないと、未来に進めない」
俺はまだ、“あの子”に対する気持ちに整理がつかないでいる。
リサは現実と向き合うことから目を逸らし、俺から逃げている。
そんな状態で魔女ハウスを終わらせるのは、必死に自分と向き合った魔女たちに対して失礼だろう。
「まあ結局のところ、お前は嫌でも俺と話すことになるんだけどな。夏休みにお前が言ってた『一回だけ何でも命令を聞く』ってやつ、まだ保留にしてただろ。その権利、今使うわ」
と、いうわけで──
「さっさと部屋から出てこい、東条リサ。俺に合わせる顔がないとか、そんなん知らん。これは一回限りの“命令”だ」
──俺は夏に得た絶対命令権を行使し、改めてリサを呼びつけた。
「はっはっは。リサよ、まさかここでやっぱナシなんてことは言わないよな? 夏休みに往復4時間かけて送迎した分の対価をキッチリ払ってもらおうじゃないか」
などと適当に煽り、返答を待つこと数秒。
意外にも眼前のドアはあっさりと開き、
「もうっ! 大河のイジワル……!」
顔を真っ赤にしてプンスカ怒りながらも、ようやくリサが姿を現した。




