好きだから
最初は岩崎さんに会って感謝を伝えられれば、それで良かった。でも一緒に生活しているうちに岩崎さんのことをたくさん知って、気づいた時には好きになっていた。
好きだから、もっと一緒に居たい。でも、岩崎さんが私のことを思い出してしまったら、彼と暮らせる日々が終わってしまう。自分の恋心に気づいてからは『ありがとうを言いたい気持ち』と『好きな人の隣に居たい気持ち』の間で板挟みになって、悶々とする日々が続いた。
そして、自分でもどうしたいのか分からなくなって悩んでいた時。
舞華が病院で大胆な告白をした。
「私、今日から君とホンモノの恋を始めるから」
自分が魔女であることを認めて、全部さらけ出した上で岩崎さんと新しい関係を始める。その勇気と行動力に衝撃を受けて、同時に自分の不甲斐なさを痛感した。
ただ悩んでいるだけじゃ『ありがとう』も言えないし、ましてや『好きだ』なんて言えるわけもない。行動を起こさないと何も変わらないんだって、舞華から教えられたような気分になった。
とはいえ、私は舞華ほど積極的に動けるわけじゃない。行動を起こすには、何かきっかけがほしい──そう思っていた時、私は学祭で披露する演劇の主役に抜擢された。
「今回の演目は、“再会”に重きを置いている物語です。不幸にも離れ離れになった少年少女が、時を経てお互いに成長した姿で再会を果たす、みたいな。私が演じるのは、その少女役です」
きっかけとしては、これ以上のものなんてないと思った。脚本も私の役柄も、岩崎さんとの過去にすごく近い。演劇の練習に付き合ってもらえば少しは私のことを意識してもらえるかもしれないし、私の演技を通して岩崎さんに何かを伝えることができるんじゃないかと思った。
そう。最初は、本当にそれだけのつもりだったんだ。最高の演技を見てもらって、それで岩崎さんが何かを感じてくれればいい。あくまで告白の前段階として、少しでも岩崎さんが私に注目してくれるようになればいいなって、思っていただけだった。
「ずっと、あなたに会いたかったから……!」
──でも、結果的に私は学祭の演劇を台無しにしてしまった。
演じているうちに自分の過去を思い出して、込み上げる想いがどうしても抑えられなかった。我を忘れて身体が勝手に動いて、気づいた時には観客席にいる岩崎さんの元へ駆け出してしまった。
「ぐすっ……ごめんなさい! 私のせいでっ! みんなの学祭なのに……!」
公演が終わった後、私は泣きながらサークルのみんなに謝った。たったそれだけで許してもらえるなんて思わなかったけれど、罪悪感と後悔に押し潰されてそうすることしかできなかった。
「顔を上げてよ、凪沙ちゃん。きっと、何か理由があったんでしょ?」
「大丈夫大丈夫! 僕たちの本命は3月の卒業公演なんだから! そこで挽回すればいいさ!」
サークルのみんなは優しい人たちばかりで、誰も私を責めることなんてなかった。
だからこそ、より一層罪悪感が増して、胸が締め付けられるような想いになった。
しかも、私が岩崎さんに伝えた言葉を冷静に振り返ると、受け取り方によっては“あの子”が言っているセリフのようにも聞こえる。私がとった行動のせいで、岩崎さんを悩ませることになってしまうんじゃないかと思った。
そして、色んな人に迷惑をかけてばかりの自分が嫌になって、どうしていいのか分からなくなって──岩崎さんに呼び出されるまで、私は自分の部屋に引きこもることしかできなかった。