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この中に1人メインヒロインがいる  作者: Taike
最終章 運命なんていらない
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痛いくらいに

 今の私は、昔の私よりも結構マシになったと思う。前までは人と目を合わすことさえマトモにできなかったけど、大学に入ってからはそこそこ友達ができた。演劇サークルに入って主役とかもやらせてもらえるようになって、自分が意外と演技に向いていることにも気づくことができた。最初は笑顔を作るのが苦手だったけれど、今はいつでもそれなりに明るく笑うことができる。思っていたよりも良い大学生活を送ることができていて、今の自分はあまり嫌いじゃない。


 けれど、どうしても岩崎さんに感謝を伝えられなかったことだけが、ずっと後悔として胸の中に残り続けていた。変わるきっかけをくれたあなたにいつか、ありがとうを言いたかった。


 そんな胸中で迎えた、大学三年の春。


「やあやあ、そこの小柄なレディ。今、少し時間あるかな?」


 私はシオンさんに出会った……いや、再会したって言った方がいいのかな。

 いつものように帰ろうとしていると、校門で待ち伏せしている彼(彼女?)から声を掛けられた。


「な、なんですか?」


 執事服を着ていたから話しかけられた瞬間は誰か分からなかったけれど、じっくり顔を見ると、その人が修学旅行の時に居た美少年だということはすぐに思い出せた。あまり役に立ったことはない特技だけど、私は一度見たことのある人の顔はずっと忘れないのだ。


「こんにちは、芦屋凪沙さん。ボクの名前は秋山シオン。たしか中学の修学旅行で一瞬だけ顔を合わせたかな?」


 そして、シオンさんの方も同じ特技を持っているようだった。

 もっとも、あの時と違って前髪を切っている私にすぐ気づいた時点で、向こうの方が上手だったのけれど。


「どうして、私の名前を……?」


「そりゃあ、色々調べたからね。ボクの諜報能力をもってすれば、君の素性を洗い上げることくらいは容易いさ」


「調べた? 一体、なんのために……?」


「うーん。なんのために、か。一言で伝えるのは難しいけど──端的に言えば、君には魔女になってほしいのさ」


 その後、シオンさんは魔女ハウスについての説明を始めた。


 この計画のターゲットは岩崎家の御曹司こと岩崎大河であること。

 彼がいつまでも初恋に囚われていて、未練が払拭できていないこと。

 それは一企業の跡継ぎとして困るので、ハニートラップ耐性をつける目的も兼ねて、罰金ルールをつけて“夢の女の子”と“魔女”を一か所に集める。彼女らと共同生活を送れば、たとえどんな結末になったとしても、彼は曖昧な過去に踏ん切りをつけられるだろう──それが、魔女ハウス計画の全容であるということ。


 多すぎる情報量を、シオンさんは私でもわかるように言葉を選んで説明してくれた。


「そ、そうですか。言ってることはなんとなく分かったんですけど……どうして、私を魔女にしようと思ったんです?」


「単刀直入に言うなら、君が一瞬とはいえ大河くんと過去に接点を持っているからだね。いやー、他にも何人か魔女候補はいるんだけどさ。魔女になれそうで、なおかつ過去に大河くんと面識がある人間って君くらいしかいないんだよ」


「過去に面識があるのが大事なんですか?」


「必須じゃないけど、そういう要素も欲しいって感じかな。実際に大河くんと会ったことがある人間なら、嘘をつかずとも“過去に何かがあった”みたいな雰囲気を匂わせることができるだろう? そうすれば、大河くんを迷わせることができる」


「そ、それは、岩崎さんが可哀想なんじゃ……?」


「あっはっはっは! たしかに、そうかもね。でも、本当に“あの子”が好きなら、それくらいの試練は乗り越えてもらわなきゃ困る。正体が分からなかったのなら、彼の想いはその程度のものだったってことさ」


 軽快に笑いながらも、シオンさんの声色はどこか真剣だった。言葉にしていない想いを秘めているような、含みのある笑みだった。


「さあ、芦屋凪沙さん。君はどうする? 魔女になるかどうかは、あくまで君の意思で決めることだ。無理強いをするつもりはないよ」


「……」


 正直、かなり気が引ける部分はある。どんな理由があっても、この計画に参加する時点で私は恩人の岩崎さんをダマすことになってしまう。罪悪感がなかったといえば、嘘になる。


 でも、


「私は岩崎さんと出会った一瞬があったから、変わることができました。だから、もし岩崎さんが私のことを覚えていたら、もう一度会って感謝を伝えたいです。覚えてなかったとしたら、私のことを思い出してくれるまで一緒に時間を過ごしてみたいです。……そんな魔女でもいいですか?」


 岩崎さんにもう一度会いたい。

 その気持ちが何よりも強かったから、私は魔女になる道を選んだ。


 

 魔女ハウス生活が始まる直前、私は執事さんから「会いたいという理由で魔女になるのは構いませんが、しっかり魔女としての役割は果たすように」と釘を刺された。ただ岩崎さんと話すだけじゃなくて、彼の気持ちを揺さぶれるような魔女になる。それが岩崎さんと再会を果たすために課された条件だった。


 だから、私は私なりの個性を活かして岩崎さんに近づくことにした。他の魔女はみんな私よりも綺麗で大人っぽかったから、人より華奢で小さいのを逆手にとって天真爛漫に振る舞うことにした。

 

 普通に距離感を近づけても、岩崎さんは私にドキドキしてくれるような気がしなかった。


「おはようございますです、岩崎大河さん。具合の方は大丈夫ですか?」


 ファーストインパクトが大事だと思ったから、初日は思い切って岩崎さんの布団にもぐりこんだ。他の魔女がいきなりこんなことをしたら警戒されるけど、幼く見える私なら過度な警戒をされることはない。親しみやすさを全力で表現して、常に岩崎さんに近づきやすい状態を作ろうと思った。


「えへへ! 岩崎さん、だーい好きっ!」


 岩崎さんの部屋でやった『愛してるゲーム』も、その一環だ。警戒されにくい私だからこそ、大胆に攻められると思った。むしろ、これくらいやらないと岩崎さんに異性として意識してもらえないと思った。


 けれど一方で、このやり方だと魔女を演じることはできても、岩崎さんに私を思い出してもらうきっかけを作ることはできなかった。ルールに『過去の話をしてはいけない』とあるから元々思い出してもらうのは難しい状況だったけれど、どうにか私と会った時の記憶を刺激する方法はないかなと、常々考えていた。


 本当ならリサみたいに最初から「自分が魔女だ」と言った上で、私から中学時代の思い出と感謝を岩崎さんに伝えればよかったのかもしれない。でも、私にはそんな行動をとる勇気なんてなかった。前より少し明るく振る舞えるようになっただけで、私の根が暗くて臆病なのは今も変わらないのだ。


 ──だからこそ、岩崎さんが提案した『デートウィーク』はチャンスだと思った。


「わーい! 久しぶりの遊園地ですー!」


「あはは、走ったら危ないって。落ち着いて落ち着いて」


 岩崎さんの希望で行きたい場所は私たちが選ぶことができたから、私は迷いなく彼を遊園地に誘った。たとえ過去に会った遊園地と同じ場所じゃなかったとしても、一緒に遊園地を回れば少しでも何かを思い出してくれるんじゃないかなと思った。


 でも、結果的には全然過去の思い出に触れることなんてなくて。


「多分俺は童心とか、無心で楽しむ気持ちとかが薄れちゃってるからさ。芦屋さんみたいに楽しむ時は全力で楽しんで、落ち込む時はめいっぱい落ち込むっていうのも、悪くないと思うんだよね。一緒にいて退屈しないし」


 思っていたより、岩崎さんがちゃんと私の事を見てくれてることとか。


「それは厚底シューズだよ。簡単に背丈を盛れる便利アイテム。これでさっきのジェットコースターにも乗れるんじゃないかな?」


 身長制限のせいでアトラクションに乗れない私のために、わざわざ急ぎで特注の靴を用意してくれたりとか。


「乗り心地はいかがですか?」


 足を挫いた私を、家までおぶってくれたりだとか。


 これまで知らなかった岩崎さんの優しい一面に触れるばかりで、全く過去のことを思い出してもらうきっかけづくりなんてできなかった。


 でも、あのデートが終わった後に感じたのは、目的を達成できなかった後悔じゃなかった。むしろ、岩崎さんと一日中ずっと一緒に居られて楽しかったっていう気持ちで胸がいっぱいだった。


 ああ、もっと一緒にいたいな。


 ずっと、こんな時間が続けばいいのにな。


 気づけば過去のことよりも、愛おしい今のことばかり考えるようになっていて。


「えへへ! 岩崎さん、だーい好きっ!」


 ──それはゲームなんかじゃなくて、本気で私が岩崎さんに恋をしているからなんだって、気づいてしまった。


 好きになっても辛いだけだって、分かってたはずなのに。

 痛いくらいに、私は気づいてしまったんだ。


 


 


 


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