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この中に1人メインヒロインがいる  作者: Taike
最終章 運命なんていらない
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一生忘れない

 私は岩崎さんと青春時代を過ごしたわけでもないし、同じ学校に通っていたわけでもない。共に言葉を交わした時間なんてたった一瞬で、きっと彼からしてみれば何ということはない出来事だったのだと思う。


──それは中学生の頃、修学旅行で京都を訪れた時のことだった。


「ど、どうしよう……みんなとはぐれちゃった……」


 当時、私はとあるテーマパーク内で完全に迷子になっていた。その日は学校から『遊園地で自由行動。ただし、班で固まって動くように』と決められていて、数合わせで入れてもらったグループの子たちと行動してたのだけれど、気づいた時には一人でポツンと立ち尽くしていた。


「ま、いっか。どうせ私がいても、みんな楽しくないもん」


 最初は寂しいとか悲しいというよりも、ホッとする気持ちの方が大きかった。これでグループの子達も、変に私に気を遣わず修学旅行を楽しむことができる。たった一度きりなんだから、仲良し同士で回った方が絶対良いだろうなって、少しだけ安心した。


「私、居ても居なくても変わらないのかなぁ……」


 でも、一人でベンチに座ってぼんやりしていると、なんだか世界から私だけが置いてけぼりにされてるような感覚になっていった。私がじっとしたままでもジェットコースターやメリーゴーランドは忙しなく動いているし、あちこちで色んな人が笑い合っている。そんな光景を見ていると、自分の居場所なんてどこにもないような気がしてくる。


「なにやってんだろ、私……」


 本当は、私だって楽しみたい。旅のしおりは飽きるくらい読んだし、出発前の夜は寝不足になるくらい旅行中のシミュレーションをしてた。みんなと仲良くなるきっかけになるかも、なんていう根拠もない期待を持って、勝手に舞い上がっていた。


「はぁ……」


 ──彼に出会ったのは、そんな自分に嫌気がさして落ち込んでいる時だった。


「君、さっきから辛そうな顔してるけど大丈夫? 具合が悪いなら、俺が係員さん呼んでこようか?」


 天を仰いでいる私に声を掛けてきたのは、知らない学校の制服を着ている、中学生か高校生くらいの男の子。胸のあたりには、名札代わりに刺繍で『岩崎』という文字が刻まれている。


 私があなたについて覚えていることと言えばそれくらいのもので、当時はまさか大企業の御曹司だなんて知るよしもなかった。私が出会ったのはあくまで、『岩崎さん』という同世代くらいの男の子という認識だ。


「あ、急に声かけてごめんね? なんか、すごく辛そうにしてたから見てられなくて。君も制服着てるってことは、俺らと同じ修学旅行生かな? 先生とか友達がどこにいるかって分かったりする?」


「いや、えっと、その……」


 あまりにも負のオーラを出していたものだから、他校の修学旅行生が心配して駆け寄ってきた。けれども普段あまりにも同世代との会話が無さ過ぎて、なんと返せばいいのかも分からない。


 岩崎さんからしてみれば、第一印象はあまりよくなかったと思う。


「あー、やらかしたかな……ごめん、いきなり色々まくしたてちゃって。聞かれたくないこととか、言いたくない事情だってあるよね。無闇やたらに質問するもんじゃなかったよ」


 けれど、彼は言葉に詰まる私との会話をやめる様子もなく、隣のベンチに腰掛けた。


「え、えっと、お気遣いありがとうございます。その、別に体調が悪いとかそういうわけではないので、はい。ご心配には及びません」


「そっか、それなら良かった」


 たぶん、その後に私が何も言わなかったら、心配が無用になった彼はすぐにそばを離れていっただろう。初対面の相手なのだから、そのまま居座る理由はない。


「ただ……どうしようもなく、寂しかっただけなんです」


 けれど何を思ったか、私は会ったばかりの彼にポツリと本音をこぼしてしまったから。


「? 寂しい?」


 優しい岩崎さんはまた私を心配して、その場を離れなかったのだと思う。


「あ、いや! やっぱりなんでもないです! 気にしないでください……」


 なんだか気が抜けて弱音をこぼしてしまったけど、見ず知らずの相手からこんなことを言われたって、彼が困るだけだ。最初はそう思って、こぼれた本音をなかったことにしようとした。


「うーん、なんでもないようには見えないけどなぁ。このまま放っておくのも、それはそれで抵抗あるよ」


「で、でも! 岩崎さんも修学旅行中なんですよね? 早く、お友達のところに戻った方が……」


「あはは、ご心配には及ばないよ。その必要はないからさ」


 そう言うと、岩崎さんはベンチから100メートルほど先の方を指差した。


「え?」


 彼の意外な言葉に驚きつつ、私は指先の方向を見つめる。


 すると、そこには岩崎さんと同じ制服を着た白髪の美少年と、大勢の女の子がいた。


「ねぇ、シオンくーん。次はあっちのアトラクション行こうよー」


「はぁ? アンタ何言ってんの? 私が先にシオンくんとお土産買う約束してたんですけど?」


「いやいや、フツーそういうのは最後の方に回すでしょ。そっちこそ何言ってんだか」


「はぁ?」


「あぁ?」


「あっはっはっは! 君たち、ボクのために喧嘩するのはやめたまえ。せっかくの修学旅行が楽しめなくなっちゃうだろう?」


 なんというか、とてつもなくハーレムな光景が繰り広げられていた。


「はは。俺、アイツらと同じ班なんだけどさ。ずっとあんな感じでさ。アレ見ると別に戻らなくてもよくねって思う」


「な、なるほど……」


 岩崎さんは岩崎さんで、私とはまた別の方向で苦労しているようだった。


「昨日とかさ、アイツ入浴時間になった途端どっかに消えたんだよ。まさか修学旅行で混浴してるんじゃなかろうな……っと、そんなのはどうでもよくて。ご覧の通り、俺も一人で時間を持て余してる状態だからさ。話し相手くらいにはなれるかなって思ったんだよ。まあ、話したくないなら無理にとは言わないけどね。初対面だし」


 私が岩崎さんと共に時間を過ごすことになったきっかけは、それ以上でもそれ以下でもない。

 グループに居づらくなった二人が偶然にも同じ場所で出会って、時間つぶし程度に会話を交わした。起きた事実だけで言うと、たったそれだけだ。


「……私、友達が全然居ないんです」


 でも、私の本音を聞こうとしてくれる人なんて、今まで家族以外には誰も居なかったから。

 ほんの少しの間でも話し相手ができただけで、私はすごく嬉しかった。


「友達がほしくないわけではないんです。話しかける勇気が出ないだけなんです。頭の中でイメージする私はいつも完璧なのに、いざ話しかけようとすると“嫌われたらどうしよう”って考えちゃって、足がすくむんです。気弱だし、根暗だし。私と居ても面白くないんじゃないかなー、って……」


「なるほどねぇ。そりゃ難しい話だ」


 暗い話であるにも関わらず、岩崎さんは嫌な顔ひとつ見せず真剣にうなずく。


「俺も似たようなことを考える時はあるかも。俺の家系って、ちょっと特殊でさ? 色々事情があって、昔から過度な期待を向けられることが多かったんだよ。“これくらいできて当然だ”とか、“常にトップじゃなきゃダメだ”、みたいな。そういう目線を周囲から向けられると、俺も“失望されたらどうしよう”って不安になる時はある」


 悩みのレベルは違うかもしれないけど、なんとなく岩崎さんの言うことは理解できる。『周りの人が望む自分じゃなかったらどうしよう』って考えているのが、たぶん私たちの共通点なんだ。


「しかし残念なことに、俺には周りが求めているほどの才能はない。割といつも、そういう不安と戦わされるハメになる」


 彼の言葉は後ろ向きではあるけれど、語っている表情はとても清々しい。


「じゃあ……岩崎さんは、どうやって不安に打ち勝ってるんですか?」


 だったら、この人はそんな不安に勝つ方法を知っているんじゃないかと思った。


「うーん、不安に打ち勝ってるかは分かんないけど……才能がないなら、努力するしかないと思ってる。理想の自分になれないとしても、理想の自分に近づくための努力くらいならできるからさ。別に才能がなくたって、天才を演じられるくらいの能力を手に入れれば、周りをダマすことくらいはできそうだろ?」


「演じて、周りをダマす……」


「そうそう。まずは理想の自分を演じられるように必死こいて頑張る。そうすれば、だんだん理想の自分に近づいていって……いつか本当に理想の自分になれるんじゃないかな、って。最初はハッタリでも、最後は本物にできるんじゃないかな、って。俺はそう信じてるよ」


 その言葉を聞いた時、私は彼を尊敬し、自分自身に失望した。


 彼が言っているのは当たり前のことだ。自分を変えたいなら、それ相応の努力をする必要がある。楽に不安を消す方法なんて、どこにもありやしない。


 なのに、私はそんな簡単なことにも気づいていなかった。友達がほしいとか、寂しいとか。そんなことを思っているばかりで、なにひとつ気弱な自分を変えるための努力なんてしていなかった。消えない不安を言い訳にして、何も行動していなかった。


 不安があっても、変わるためには前に一歩踏み出すしかないんだ。


「そうですよね。嫌われたらどうしようって思ってましたけど、よくよく考えると嫌われたところで友達がいないのは変わりませんから。だったら……根暗でも、気弱でも。まずは“明るい自分”を演じることから始めてみてもいいかもしれませんね」


「お、いいじゃんいいじゃん。だったら、個人的には前髪切っちゃった方が良いと思うよ。なんだかんだ、人の印象って見た目が占める割合大きいからねぇ」


「ふふ、そうですね。まずはできることから始めてみます」


 遊園地で交わした、十分にも満たない会話。

 私が過去に岩崎さんと過ごした時間は、たったのそれだけだ。

 どちらかと言えば、こんな一幕を覚えている私の方がおかしいのかもしれない。


 けれど、私が自分を変えようと思えたのは、そんな取るに足らない会話があったおかげだから。あなたにとっては一瞬の出来事だったかもしれないけど、私にとっては人生が大きく変わるような出来事だったから。


 前髪を切って、人の目を見ることができるようになったのも。

 理想の自分を上手に演じるために、思い切って演劇を始めてみたのも。


 きっかけをくれたのは、あの日の岩崎さんだったから。

 私はその一瞬を、一生忘れない。


 でも──私には、二つだけ後悔がある。


「ちょっと、大河くん? こんなとこで何してんのさ。修学旅行で単独行動は厳禁だよ!」


「は、シオン? いつのまにここに? つか、どうせお前のハーレム劇場なんだから俺のこと呼びに来なくても良いだろ」


「そんな水臭いこと言わないの! ……ていうか、ボクは大河くん以外どうでもいいし」


 ひとつめは、最後にシオンさんが来たのもあって、ちゃんと岩崎さんにお別れを言えなかったこと。


「あ? 今なんか言ったか?」


「別になんでもないですぅ! ほら行くよ!」


「ちょ、お前腕引っ張んなって! いたたた! いたい! いたいから!」


 ふたつめは、変わるきっかけをくれたあなたに感謝を伝えられなかったこと。


 それだけが、どうしても心残りだったから──他三人に比べたら、ちっぽけな理由かもしれないけど──私は岩崎さんにもう一度会って“ありがとう”と“さよなら”を言うために、魔女になった。


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