ツンデレ?
◆
昨日は舞華が居たため、俺の部屋には来ていなかったリサ。
「なぁ、大河。アンタ、どうしたの? 急に部屋で勉強を始めるなんてさ。今は夏休みなんだぞ? やっぱ、おかしいっしょ」
だが、しかし。一つ夜が明けると、やはりこの肌色多めなギャルは当たり前のように俺の部屋で漫画を読んでいるのであった。
「え、なに? もしかして昨日、舞華と何かあったわけ?」
「いや、別に大したことは無かったが」
「え? じゃあ、なんでアンタは今日になって急に机に向かって、ガリガリ問題を解き始めてるわけ? どう考えてもおかしいっしょ」
「べ、別にリサには関係無いだろ。なんとなく勉強したい気分なんだ」
まったく。リサのヤツ、急にどうしたんだ。いつもは黙って漫画を読んでいるだけのくせに、今日に限ってやたらと俺に絡んできやがる。一体どんな風の吹き回しだってんだ。
「なんとなく勉強したい気分? 夏休みに? あはは、ありえないって! 高校生ならまだしも、アタシらって大学生でしょ? 宿題なんて無いし、休み明けにテストがあるわけでも無い。なのに、どうしてこんな時期に勉強したくなるわけ?」
「そ、それは……」
普通に正論なので何も言い返せない。
まあ確かにリサの言う通り、一般的な大学生なら夏休みに勉強なんてしないだろう。基本的にはダラダラするか、遊ぶかの二択だ。大抵の大学生は勉強嫌いだからな。
だが今の俺は状況が、ちと違う。
昨日、俺は舞華に東大生として頼られた……と、思っている。だが、俺は魔女だとか、誘惑だとかで頭が一杯で、結局何も教えることが出来なかった。
そう。俺は『舞華が純粋に勉強を教えてほしいと思っている可能性』を完全に切り捨てていて、自分のことばかり考えていたのだ。
相手の裏ばかり読もうとして、疑ってばかり。結局、俺は峯岸舞華という1人の女の子と全く向き合おうとしていなかった。
だから俺は今、舞華に勉強を教えるために勉強をしている。
必死に『二重積分』の教科書をネットで漁って、ひたすら問題を解きまくって。俺は今、昨日の『リベンジ』をするために必死こいて勉強をしているのである。
もしかしたら、こんな行為は周りの目から見ればバカバカしく思われるのかもしれない。なんせ、今の俺は『勉強を教えられなかったのが悔しくて勉強をしているヤツ』だ。もちろん俺だってこんなことはしたくないし、好きでやっているわけでもない。
でも、もし舞華が真剣に勉強をしたいと思っている可能性が1ミリでもあるなら、俺は彼女の期待に応える責任がある。
ああ、きっとこんなものは俺のエゴなのだろう。多分、俺は不甲斐ない自分が許せなくて、ただ自分のプライドを守るために勉強をしているだけに過ぎないんだ。こんなの、恥ずかし過ぎてリサに言えるわけがない。
「どうしたんだ、大河? 急に黙り込んじゃって」
「別になんでもねぇよ」
「いや、なんでもないってことはないっしょ。今日のアンタ、明らかにおかしいもん」
「仮に今日の俺が普段とは違ったとしても、それはリサには関係無いことだ」
「いいや、関係あるね」
そう言うと、俺の背後で寝転がっていたリサは、パタリと読んでいた漫画を閉じ、なぜか勉強机に座する俺の隣までやって来た。
「いや、急にどうしたんだよ。なんのつもりだよ」
つーか、顔近いんだけど。良い匂いするし、なんだかんだドキっとするからやめてほしいんだけど。
「ア、アタシは、アンタの相棒じゃん?」
「……は?」
「アタシは、大河の相棒。だからアタシには大河が勉強している理由を知る権利があるし、アンタにはそれを話す責任がある」
なんだか少し照れ臭そうな、それでいて普段とは違う真剣な目で真っ直ぐに俺を見つめてきたリサ。柄にもない表情を見た俺は、ただただ驚いて呆然とすることしかできない。
「お、おい、大河。あんまりジロジロ見るなよ。いくらアタシでも、さすがにちょっと恥ずかしいから」
「あ、いや、スマン。まさかリサの口から"相棒"なんて言葉が出てくるとは思ってなくてな。ちょっと驚き過ぎて思考がショートしちまった」
いや、ホント。マジでどんな風の吹き回しなんだよ。
そりゃ確かにリサのことを相棒と呼んだことはある。でもほら、アレってテキトーにノリで言っただけの言葉じゃないか。あの時はリサも『アンタの相棒なんてありえないわ』とか言ってたし、その言葉に大した意味なんて無いと思っていたんだが。
「なあ、リサ。俺が勉強をしてる理由って、そんなに気になることなのか?」
「いや、全然気にならないケド」
じゃあ、なんでこんなにしつこく聞いてくるんですかね。
「ま、まあ、別に気になるわけでもないけどさ? ほら、もしかしたらさ? アタシにもさ? なにか大河に協力できることがあるかもしれないじゃん?」
「だから俺が勉強をしている理由を知りたいと?」
「そ、そうだけど?」
「……」
「な、なんだよ! 急に黙るなよ! なにか不満でもあるっていうの!?」
「いや、別に不満があるわけじゃねぇけどさ。お前ってそんなキャラだったっけ? え、なに? 今更ビッチキャラをやめてツンデレキャラにシフトするつもりなの?」
「いや、違うし! そもそもアタシはビッチじゃないし、ツンデレになるつもりも無いし!!」
「うお、マジかよ。じゃあ本当に善意で俺に協力してくれるっていうのか?」
「だから、最初からそう言ってるし!!」
「……」
いや、マジでどんな風の吹き回しなんだよ。
「え、なんでそこまでしてくれるの? 俺って何かリサに感謝されるようなことしたっけ?」
本当にこのギャルには何もした覚えがない。むしろ胸を触らせてもらえた分、俺が感謝しなきゃいけないような気がする。
「いや、そ、その……アタシ、さ。大河と居るのって割と嫌いじゃないんだよね。なんか、こう、距離感がちょうど良いっていうか。だから、まあ、ちょっとは協力してあげても良いかな、みたいな?」
「それは新手の告白と捉えてもよろしいか?」
「よろしくないし! そもそも『女側からコクったら追放』っていうのがこの家のルールじゃん!! 絶対ありえないっての!!」
そういや、そんなルールもあったな。完全に忘れてた。
「普段漫画を読ませてもらってるし、そのお礼としてアタシが協力してあげるって言ってるだけだっての!!」
「なるほど、そういうことか。うむ、確かにギブ&テイクは大事だな」
つーか、ここまでしつこく聞かれたら、逆に黙ってる方がしんどくなってきた。なんかもう面倒だし、全部話してしまった方が早いかもな。
「よし、分かった。協力してもらうかどうかは一旦置いといて、お前には全てを話してやるとしよう」
こうしてリサの謎の押しに根負けした俺は、結局何もかもを彼女に話したのであった。
◆
時刻は23時。1人きりのマイルームにて。
「ふぃー、やっぱ自分とは違う学部の勉強をやるってのは難しいな」
夜も更けて普段なら寝る時間帯ではあるが、今日の俺はそんなの関係なしに、ひたすらに教材と向かいあっていた。人に教えられるレベルになるためには、やはり生半可な勉強量では足りない。おそらく今日は徹夜になってしまうだろう。
そもそも俺は天才タイプではなく、秀才タイプなのである。『東大に入った御曹司』というだけで周りから天才扱いされるが、全然そういうわけでもない。実はそんなに要領は良くない方だ。死ぬ気で三年間勉強したから、なんとか東大には入れただけだ。
「いかん、集中力が切れ始めてるな」
などと呟きつつ背伸びをすると、突然部屋の扉をノックする音がした。
「こんな時間に誰だ……?」
疑念を口に漏らしつつも、俺は勉強机から立ち上がり、『誰ですかー?』と問いかけながら部屋の扉へ向かう。
すると、その直後。ドアの向こうから聞こえてきたのは、少し意外な人物の声だった。
「沙耶です。夜分にすみませんが、開けてもらってもいいですか?」
「あ、千春も居るよ。ごめんね、大河くん。ちょっと開けてもらってもいいかな?」
「……」
思いがけぬ来客であった。