最後のドライブ
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舞華に別れを告げ、ひたすら魔女ハウスへ走る。体力は既に限界を迎えかけているが、不思議なことにペースは全く落ちなかった。
ほどなくして、俺は魔女ハウス駐車場に到着。
あとは愛車を飛ばして、目的地のコテージへ向かうだけだ。
「でも、一言くらいは掛けておくべきだよな」
車のキーは常に持ち歩いているから、このまま家の中に入らずともエンジンを掛けて出発すること自体はできる。
だが、三人に黙ったまま遠出するのは礼儀を欠いているような気がする。
そんな心持ちで玄関扉を見つめていると、
「い、岩崎さん!」
バタリと戸が開き、焦ったような様子の芦屋さんが飛び出してきた。
「あ、えっと、すみません、急に大きな声出しちゃって……」
「いやいや、俺の方こそ急に外出ちゃってごめん。行く前に何か一言でも言っとくべきだった」
「……」
「……」
かなり微妙な雰囲気のまま街に飛び出したのもあって、なんとなく気まずい。
まあ、無我夢中で出ていった俺が蒔いた種ではあるのだが。
「あの、岩崎さんにはお伝えしなきゃいけないことが色々ありまして。聞いてもらってもいいですか?」
「そ、そっか。じゃあ、お願いしようかな」
軽く息を吐くと、芦屋さんは意を決して語り始めた。
「まず、シオンさんから伝言です。“ボクはもう話すべきことは全部話したから、あとは心残りがある人たちに時間をあげるよ”とのことです。沙耶も“私はもう舞台を降りてるようなものだから”と言っていたので、岩崎さんは2人のことを気にせず、一旦リサ探しに専念しても良いと思います」
「ありがとう。2人の意見はわかったけど……芦屋さんは、どう思ってるのかな?」
結局のところ、俺はまだ芦屋さんがなぜ魔女になったのかを聞けていない。無理に聞き出すつもりはないが、彼女自身が今どうしたいのかというのは、確認しておくべきだろう。リサの元へ向かいたいところではあるが、それだけはここでハッキリさせる必要がある。
「私は……岩崎さんに、告白したいことがあります。どうしても、あなたに聞いてもらいたことがあります。でも、それは今すぐここで済ませられるような軽いものじゃありません」
両手の拳を強く握ると、芦屋さんは俺の右手に目を移す。
「車のキーを持ってるってことは、今から岩崎さんはドライブでどこかに行くんですか?」
「え? まあ、そのつもりではあるけど」
「分かりました。じゃあ、その、図々しいお願いだってことは分かってるんですけど……私を、助手席に乗せてもらえないでしょうか?」
「へ? いや、なんでそんなことを……」
突拍子も無い言葉だったので、思わず聞き返す。
しかし、芦屋さんの表情は真剣そのものだった。
「変なこと言ってるっていうのは、自分でも分かってるんです! でも、この告白だけは、どうしてもあなただけに聞いて欲しくて……目的地まで連れて行ってほしいなんて言いません! 話が終わったら、途中で降ろしてもらっても構いません! だから、だから……!」
すると芦屋さんは両目に涙を浮かべて、
「最後に、あなたと二人きりで話す時間をください……!」
深々と頭を下げながら、そう告げた。
「頭を上げてよ、芦屋さん。元はと言えば、俺から腹割って全部話そうって言ったんだから。どうしても二人きりで話したいんだったら、俺がそれを断る理由はないよ」
それに、芦屋さんと話す前に魔女ハウスを飛び出してしまったのは俺の方だ。元々俺には彼女の話を聞き届ける責任があるのだから、ここで彼女が頭を下げる理由はない。目的地に向かう道中で話を聞けるんだったら、それはそれでありがたい提案だしな。
「あ、ありがとうございますっ!」
「よし。じゃ、早速出発といこうか」
──かくして、魔女ハウス生活最後のドライブは始まっていく。
芦屋凪沙。過去に俺と会ったことがあると言う彼女は、一体どんな想いで魔女になったのか。
東条リサ。魔女のフリを続けていた彼女は、一体どんな想いでこれまでの日々を過ごしていたのか。
その全てが、これから明らかになることだろう。