灯台下暗し
近くにあるものほど意外と視界に入らず、見逃してしまう。灯台下暗しとはよく言ったもので、長年探し続けていた“あの子”はずっとそばにいた相棒だったのだと、俺は今更ながらに気づいてしまった。
「いやぁ、リサもよく考えたよね。『最初に魔女宣言をした人が実は夢の中に出てくる女の子でした』なんて、誰も考えやしない」
俺の後に続き、シオンがリサの部屋へと入って来る。
「最初は大胆だなぁと思ったけど、『最後まで絶対に正体を隠し通す』という目的を達成するためなら、一番合理的な方法だ。ああ見えて彼女、結構キレ者だね。もっとも、なぜ今になって姿を消したのかは皆目見当がつかないけれど」
そう言って古写真を拾い上げると、シオンはこちらへ手渡してきた。
「は、はは。まいったな。もう笑うしかねぇ。なんでこんなことになっちまってんだ」
写真を受け取り、早々にシオンへ背を向ける。
「クソっ、このまま終わらせるわけにはいかなくなっちまったじゃねぇかよ……!」
そして、気づけば俺は玄関へと駆け出していた。
◆
使い古したスニーカーに足を通し、初冬の街へと飛び出す。いつもは動く前に何かとウダウダ考える俺ではあるが、今日に限っては頭よりも先に身体が動き始めていた。
リサが居なくなった理由は分からない。
リサがどこに行ったのかも分からない。
仮に見つけられたとして、もう一度会った時にどんな顔をすればいいのかも分からない。
自分の動機さえ分からないまま。
今、俺は、アイツを探し出すために街中を駆け巡っている。
「はぁっ、はぁっ! リサのヤツどこ行きやがった……!?」
人混みを掻き分け、ひたすらにたった1人を探し続ける。
ウザったいくらい近くにいたはずなのに、いざ居なくなると全然見つかりやしない。
「はは。なにやってんだろうな、俺……」
息を切らし、膝に手をつき、独り呟く。何も考えずに走り回っていると、運動不足の身体はすぐに動かなくなった。
「なに無計画に走り回ってんだよ、バカじゃねぇの?」
身体の動きを止めると、今度は心の方が動き始める。
「いきなり動揺して飛び出しやがって。芦屋さんとシオンのことはどうするつもりなんだよ?」
衝動のままに行動した自分自身への憤りが溢れ出す。
「つーか……俺って、リサのこと何も知らないんだな」
そして、今になって初めて、そんなことに気づいた。
何も考えずに探し回っていたから見つけられないのは当然だと思っていたが、実際は多分そうじゃない。アイツが好きな場所とか、行きそうな場所に目星をつけられないから、俺はいつまで経ってもアイツを見つけられないだけなんだ。
これまでの同居生活で、一番そばにいたのに。
相棒だなんだと言って、互いに理解しあっていたつもりだったのに。
こんな時、俺はアイツに会うことさえできやしない。
勝手に分かり合った気になっていた。
でも俺は結局、最後まで東条リサを理解することができなかった。
その結果が、この現状なのだろう。
「だからこそ、俺はもう一回アイツと話さなきゃいけないんだ」
知った気になっていて、何も知らなかった。
それが分かったからこそ、俺はアイツの本心を知らないまま魔女ハウスを終わらせるわけにはいかない。
アイツは相棒として、悩んでいる俺を何度も救ってくれたんだ。
このまま別れるなんて、あっていいはずがないだろう。
シオンが望む『納得のいく選択』を実現するためにも、きっと俺はもう一度アイツに会う必要がある。
「とはいえ、無計画に探してても埒が明かないよな。作戦立ててから出直すか」
そうして暫定的な方針が決まりかけた時。
突如として、俺のスマホが鳴動した。
「やべ、そういや三人には何も言わず飛び出してきたんだったな……」
沙耶、シオン、もしくは芦屋さんからの連絡だろうと予想し、ポケットからスマホを取り出す。
「……へ?」
──しかし、画面に表示されていたのは三人のうち誰の名前でもなかった。
「し、白木、さん?」
電話の主は、海の家で働いていたリサの友人。
“ミッチー”こと、白木満だったのである。