エゴ
我ながら都合が良すぎると思うけれど、私は一時の夢を見ているような気分になっていたんだろう。
私の言葉にドギマギする君の顔を眺めるのが楽しくて。
青春などとは程遠い人生を送って来た君が、今まで見たことがないくらいに同世代の女の子たちと笑い合ってくれるのが嬉しくて。
魔女ハウスは、私が思い描いていた景色を見せてくれた。
──でも、そんなものは所詮まがい物で、幻想だというのも事実だった。
それを強く思い知るきっかけになったのは、大河くんが舞華を庇ってストーカーに刺されたことだった。
事情が事情だったから『音崎千春は泊りがけの実習中』なんていう理由を強引にでっちあげて、“ボク”として君の病室を訪れた日。
目覚めた君がボクに向けた第一声は、謝罪の言葉だった。
『……すまん、迷惑かけたな』
力なく笑う君を見た、その瞬間。
ボクは“魔女ハウスの青春なんて歪な幻想に過ぎなかった”と改めて気づかされたんだ。
だって、そうだろう。
どんなに楽しくても。
どんなに笑い合っていても。
君は、傷ついてしまったじゃないか。
──そんな結果を招く日々が、“本物の青春”なわけないじゃないか。
よくよく考えれば、全部君の優しさを前提にして成り立ってた日々じゃないか。
君は本当にバカだ。ボクはただ君に幸せになってほしくて魔女ハウス生活を計画しただけなのに、君はちっともボクの思い通りに動いてくれやしないんだもん。
なんで、魔女のために行動するんだよ。もっとワガママになってもいいじゃん。自分の幸福とか欲求を優先してもいいじゃん。ずっと周りにかわいい子がいるんだから、少しくらいは手を出してもいいじゃん。それくらいやったって、誰も君を責めやしないよ。そういう環境なんだし。
なんで、自分を大切にしないんだよ。そんなんだから、魔女たちが君の優しさに甘えて同居生活を楽しんだり、大事に思ったりしちゃうんだよ。ボクが最初に望んでたのは、こんな生活じゃないんだよ。君が王様で、君だけが幸せになる生活になれば、それで良かったんだよ。でも君のおかげで出来上がった優しい幻想が心地よくて、ボク自身も手放すのが怖くなっちゃったんだよ。
もう、ホントありえない。君が傷つくまでそんなことに気づけなかったボクもありえないし、自己犠牲上等で魔女全員を救おうとしてる君もありえない。
魔女ハウスは君を幸せにするために用意したんだぞ。
なのに、なんで君は魔女を幸せにするために行動するんだよ。
悩んで、傷ついて、必死にみんなが幸せになる方法なんか考えたりしちゃってさ。
そういうとこが、すごく嫌いで、大好きだ。
まあ、そういうわけでさ。ボク、思ったんだ。
こんだけ君が幸せになるための舞台を整えてもダメなら──もうボクが、君を幸せにするしかないんじゃないかな、って。
だって、どいつもこいつも君に助けられてホの字になるばっかりで、とても君にふさわしいとは思えないんだもん。だったら誰よりも君を知っていて、誰よりも君のそばにいて、誰よりも君の幸せを願っているボクこそが、世界で一番君を幸せにできるって思わない?
だからね。君が退院して、もう一度“私”に戻った後は、もうなりふり構わなかった。誰にも抜け駆けされたくなかったから敢えて舞華を学祭に呼んで場を荒らしたし、大河くんが沙耶を雇うだろうなっていうのも先読みしてバッチリ契約書も準備しておいた。沙耶が恋心を自覚する前に契約させとけば、君たちの関係はそれ以上発展しないだろうからね。
【ねぇ、大河くん? どうすれば、私のこと好きになってくれる?】
君にかける言葉も変えた。選択を迫るのは今までと同じだけど、最後に私を選んでほしいなっていう意味も込めるようにした。
【嘘をついたことはあるし、何かを演じている時もあった。でも、どこに居る私も、どんな時の私も、私は全部私で、私だった。昔からずっと、たった一つの気持ちを大切にしているだけの私だったから。それはずっと、変わってないから】
なんなら、昨日はもう正体がバレてもいいやって思ってた。
だって結局、君にはボクも私も好きになってもらわないと困るんだし。
【大河くんが幸せになってほしい。ずっとそう思って、私は隣に居たんだよ?】
そして、最後。
どうしてもこの想いが届いてほしくて、私は君にキスをした。