幸せの選択肢
魔女ハウス計画を始めるにあたって、ボクが最初に取り組んだのは“あの子”の情報収集だった。大河くんが過去にケリをつけるためには、まず彼女を魔女ハウスの舞台に引きずり出す必要がある。
しかし意外にも、“あの子”を探すのはさほど難しいことではなかった。
なんと、大河くんの両親が普通に正体を覚えていたのである。
「多分、夢の女の子っていうのは昔に取引をしていた海外企業の娘さんだと思うわ。今はもう取り壊したけど、海辺の別荘に何度か社長一家を招待したことがあるのよ。大河はよく、その娘と遊んでいたわ。でも……その取引先が、急に倒産しちゃってね。それからはずっと、二人は会えずじまい。きっと大河は、それがすごく辛かったんだと思う」
「そして、大河は記憶が曖昧になってしまうほどのショックを受けた。だから変に刺激するのも怖くて、僕たち両親は本人に真実を伝えられていない」
奥様と旦那様は、ボクを信頼して全てを打ち明けてくれた。
大河くんが誰と出会い、どのようにして別れ、なぜ呪いのような夢を見るようになったのか。
その経緯を、ボクは知った。
「ふふ。でも、そうよね。大河が今のまんまだったら、いつまで経っても孫の顔が見られないかもしれないものね」
「そうだな。いい加減、大河も大人だ。ここらでひとつ、我が息子には女というものを知ってもらおう。その上で初恋を取るのも良し、別の未来を選ぶのも良し。いずれにせよ、岩崎の名を継ぐのなら、そろそろ決別と決断をしてもらわないと困る」
そして最終的に、ボクは二人から魔女ハウス計画の同意を得るのだった。
◇
大河くんが過去にケリをつけるという目的だけを考えれば、単純に“あの子”を呼び出して大河くんと再会してもらえばいい。けれどボクは敢えて彼女の正体を伏せ、4人の魔女を集結させた。
なぜなら、ボクが願うのはあくまで『大河くんの幸せ』だから。
君が初恋に破れてから、もう随分と長い時間が過ぎてしまった。
だったら、“あの子”と再会を果たすことだけが君にとっての幸せだとは限らないだろう。
明るくて活発なギャルと結ばれることが君の幸せになるかもしれない。
小悪魔系の女の子と結ばれることが君の幸せになるかもしれない。
家庭力のある子と結ばれることが君の幸せになるかもしれない。
愛らしい少女のような子と結ばれることが君の幸せになるかもしれない。
もしかしたらボクと結ばれることが君の幸せになるかもしれないし、数々の誘惑を振り切って異性と縁遠い人生を選ぶことも案外、君の幸せになるかもしれない。
ボクは君に、そういう『幸せの選択肢』を用意したかったんだ。
そして、その選択肢の中に“あの子”を隠しておけば、大河くんが魔女ハウスで迎える結末は『“あの子”を選ぶルート』か『“あの子”を選ばないルート』になる。どっちのルートになったとしても、君は過去にケリをつけて未来に進んでいけるって寸法さ。
でも、君は優柔不断だからね。
ただ美女を集めるだけじゃ何も起こらなそうだから、ボクは色々とルールを考えた。
◇
1. 女性陣は大河に交際を申し込んではいけない。
2. 女性陣は大河に幼少の頃の話をしてはいけない。
3. 大河は大学卒業までに少なくとも1人に告白しなければならない。
(備考)
・どうしても告白したいと思える相手が居ない場合は、4人の魔女の正体を全員分言い当てなければならない。
・規則を破った者は魔女ハウスから追放される。
・大河が魔女に告白してしまった場合、大河から魔女へ現金1000万円が支払われる。なお、この金銭の授与において、大河は岩崎家の財産を使用することはできない。
◇
一緒に暮らして大河くんを好きにならない女の子なんているわけがないから、魔女側の暴走を防ぐためにルール1は絶対必要でしょ? あと、昔のことは度外視で交流を深めてほしかったからルール2も必要。タイムリミットが無いと曖昧な関係が続きそうだからルール3も欲しい。
備考欄は、一応大河くんが誰にも惹かれない可能性を考えて逃げ道も用意しておく。あと、ついでに魔女が抜け駆けした時の処分も記載。君のことだから軽々しい選択なんてしないだろうけど、念のため安易な選択ができないように罰金ルールも追加した。コレに関しては正直、1000万なんてのはただの脅しで、実際に君から請求するつもりは全く無かったんだけど。
まあ、どうせ最後には全員が君を好きになるに決まってるからね。どの道、罰金ルールなんて無意味さ。金だけ持って君の前からトンズラする魔女なんて居るわけないし、億が一そんなヤツが居たとしたらボクがケチョンケチョンにするし。君の良さが分からない女なんて生きる価値無いし。
そんなこんなでルールが完成したら、あとは君と女性陣の関係を促進するためにボクが音崎千春という魔女に化ける。
そして、飲み会で酔った大河くんをシェアハウスに放り込めば準備は万端。
あっという間に、魔女ハウス生活の始まりってわけさ。