少女をやめた日
本来であれば一人前になるまで御曹司と顔を合わせるはずもなかった、ただの使用人。
けれども、いくつもの偶然が重なってボクは幼い日の君に出会った。
ひとつめの偶然は、君が初恋に破れたショックで塞ぎ込んでしまったこと。ひどく落ち込んでいる君を見兼ねて、岩崎家が「一人にはしておけない」と判断したからこそ、ボクは君の付き人となるよう命じられた。同世代の良き友人として君をサポートし、前を向いて生きてもらえるようになるために。
ふたつめの偶然は、両親が子供を作りづらい体質だったこともあって、ボクが一人娘だったということ。もし他に男兄弟が居たりしたら、女性恐怖症になった大河くんの付き人としてボクが指名されることはなかっただろう。
「いいですか、シオン。あなたは今日から男として生きるのです。傷ついた御曹司の心を癒し、パートナーとして彼を支えられるよう尽力しなさい」
おじいちゃんから命令を受けた時は正直、ふざけるなと思った。
幼児アニメの影響を受けて“ボク”なんて言うようになったけど、心は普通に女の子だ。かわいい服は好きだし、当時長く伸ばしていた髪も気に入っていた。急に『女をやめろ』なんて言われても、素直に首を縦に振れるわけなんてなかった。
「はぁ、やる気出ないなぁ」
とはいえ、たかだか使用人一家の小娘であるボクに拒否権など存在しない。
ボクは岩崎家の命令に従い、しぶしぶ髪をバッサリ切り落として少女の個性を捨てた。
──君と出会うギリギリ直前まで、ボクは本当にやる気がなかったんだ。
「失礼しま……す……?」
けれど、初めて君の部屋に入った時。
「……誰?」
部屋の端で背中を丸めている君の瞳が、あまりにも絶望に満ちていたから。
すぐにでも消えてしまいそうなほどに、弱弱しく見えたから──
「──はじめまして! ボク、今日からおじいちゃんの命令で大河くんのお世話をすることになったんだ! よろしくね!」
そんな君をどうしても放っておけなくなったから、ボクは付き人として生きることを受け入れたんだ。