音崎千春
◇
ボクのおばあちゃんはイギリス人。
もし純粋な日本人として生まれていたら、ボクの名前は『秋山始音』になる予定だったらしい。
だから、“私”の名前は『音』から始まるようにしようと思った。
音が先に来るから、少し文字って『音崎』。
元名字に『秋』があったから、なんとなく季節要素を入れて『千春』。
「最後の魔女は君だ。音崎千春──改め、秋山シオン」
おめでとう、大河くん。
まったくもって、大正解。
君はついに、一番厄介な魔女の正体に辿り着いたわけだ。
「あはは、バレちゃったかぁ。ざーんねん、最後まで隠し通せると思ってたのになぁ」
こうなってしまっては、もはや変装なんて無意味。
黒髪のウィッグとカラーコンタクトをササっと外し、ボクは“私”をやめた。
「シオン、お前……どうして、こんなことを……」
視線を上げると、君は悲痛と恐怖が入り混じったよう表情を浮かべていて。
「ほんっと、大河くんったら頭は良いのにバカだよね。ずっとそばにいたのに、今更ボクが女の子だってことに気づくなんてさ」
初めて会った時も君はそんな顔をしていたな、と。
随分と昔のことを思い出した。
◇
秋山は代々、岩崎家に仕えている使用人の家系だ。
そんな一家の一人娘として生まれてしまったものだから、物心がつくと、すぐに使用人として必要なスキルを叩き込まれるようになった。
「いいですか、シオン。あなたは将来、御曹司をお守りするために生きるのです」
ボクの教育係はおじいちゃんだった。
孫だからと甘やかされたことは一度もない。
「ねぇ、おじいちゃん。なんでボクはこんなことをしなくちゃいけないの?」
けれども最初、ボクはまったくやる気が起きなかった。
だって、『御曹司を守れるように』と言われたのに、当時はその御曹司に会ったことがなかったから。
秋山家には『一人前になってから使用人として岩﨑家に送り出す』というルールがあるから、そうなるのも仕方が無いかもしれない。でも気持ちの問題として、顔も分からない人のことを守るために生きるなんて意味が分からなかった。
もし、このまま大人になるまで君に出会っていなかったとしたら。
ボクは途中でグレて、マトモな人生を送っていなかったかもしれない。