最後の魔女
久方ぶりに見た夢の中で思い出したのは、たった二つの事実に過ぎない。
ひとつは、“あの子”が居なくなってから、ガキの間は女の子が怖くて仕方がなかったということ。『仲良くなっても、また居なくなってしまうんじゃないか』と、過剰に異性と距離をとっていた自分を思い出した。
そして、もうひとつは──
◆
「……朝か」
重い瞼を擦りつつ、ソファーから腰を上げる。昨晩最後の記憶は確か千春さんの膝の上だったはずだが、目覚めた場所は魔女ハウスのリビングであった。
【ふぁー……あ、おはようございますです、岩崎大河さん。具合の方は大丈夫ですか?】
なんだか前にも似たような状況があった気がするので、おそるおそる毛布をめくってみる。
「さ、流石に居ないか……」
ホッと胸を撫でおろす。
同時に、芦屋さんとはしばらく会話を交わしていないことに気づいた。
【ずっと、あなたに会いたかったから……!】
あれ以来、食事時以外は自室に引きこもり、誰とも言葉を交わさなくなってしまった彼女。
いきなり告白まがいのことをした気まずさか、あるいは大事な学祭を台無しにした自責か。元気いっぱいな彼女の姿を、学祭以降は一度も見られていない。
「でも……それでも、聞いてもらわなきゃいけないことがある」
朝陽が差し込むカーテンの上、壁掛け時計が示すのは午前六時。起床には、やや早い時刻。
それに多少申し訳なさを感じつつも、俺はスマホを手に取り全員にメッセージを送る。
『こんな時間にごめん。朝食が終わったら、みんなに話がある』
俺が出した結論を、伝えるために。
この生活に、終止符を打つために。
◆
同居人たちと共にする朝食。
最後のメニューは、目玉焼きとフレンチトーストだった。
何気ないラインナップだったけれど、この家庭感のある味が最後だと思うと名残惜しさを感じる。
「ごちそうさま。今日もおいしかったよ、沙耶」
「……はい。お粗末様です」
朝のメッセージで薄々こちらの意思を感じ取ったのだろう。沙耶は物憂げに呟くと、食卓のあとかたづけを始めた。
「って、あれ? リサはどこ行った? アイツだけ結局食いに来なかったけど……」
最後の朝食は、意外にも全員集合とはいかなかった。リサ以外はメッセージ送信後にすぐリビングへと集まったが、アイツだけは卓上の皿が空になるまで部屋から出てこなかったのである。
まあ、まだ朝早い時間帯ではあるし、布団の中に居てもおかしくはないだろう。できれば住人が全員揃っている状態で話を進めたかったが、仕方ない。叩き起こすのも申し訳ないし、しばらく寝かせておこう。
それに、アイツが話の場に居たら、無意識のうちに頼ってしまうかもしれないしな。最後くらいは、俺だけでしっかりとケジメをつけるべきなのかもしれない。
「私はこのまま洗い物をしておきますから、大河さんは千春ちゃんと凪沙ちゃんに話をしてあげてください。きっと、本題は二人のことなんですよね?」
沙耶は最後まで思慮深い。「私は台所から話を聞いておきますから」と言うと、テキパキと食器の水洗を始めた。
「ありがとう。本当に……今まで、ありがとう」
「いえいえ。好きでやってるから良いんです」
沙耶はこちらに視線を向けず、儚げに笑う。
自分はあくまで聞き届けるだけ。そういった意思表示だろうか。
「ああ、そうだな。今日は芦屋さんと千春さんに伝えたいことがあって、集まってもらったんだ」
これまで無言を貫き通している二人に目配せし、様子を伺う。
「そっか。まあ、なんとなくそんな気はしてたけどね?」
千春さんは普段と変わらない様子で、俺の言葉に頷いた。
「あ、え、そ、そうですか……私たちに、お話……」
一方、芦屋さんは目線を左右にキョロキョロさせている。
明らかに普段と違い、落ち着いていない様子だ。
二人の心中は定かではない。
しかし、俺が伝えることは最初から決まり切っている。
「まあ、ここで話すのもなんだし、ソファーで落ち着いて話そうよ」
これより語るのは、誰よりも近くに居た最後の魔女の話である。