いつも通りのある日のこと
帰宅後、宣言通り人の部屋で漫画を漁り始めたギャルを視界に捉えつつ、俺は一人考える。
音崎千春を連れ出す前に、改めて彼女の印象を振り返る。
──まず第一に、彼女の言動は、明らかに他の魔女とは違うと言って良いだろう。
表面上は俺に好意を見せる一方で、どこか俯瞰的な視点を持ち合わせるように思える。時折、一歩引いたような態度を見せる。それが性格によるものなのか、何らかの意図によるものなのかは定かではないが。
例えば、俺が暴漢に刺されて入院していた時。彼女は『大学で泊りがけの実習がある』という理由で、俺の見舞いに来られなかった。
【なんか、私がいない間に色々あったみたいだね? 気づいたら舞華いなくなってるし】
しかし、その割には入院中の出来事にあまり興味を示していなかったのである。舞華が魔女をやめる事態になったというのに、さほど動じている様子はなかったのだ。
その振る舞いに、俺は少しばかり違和感を覚えた。
「違和感……違和感、か」
他にも、何か引っかかっていることがあったような気がする。
だが……その“何か”が、どうにもこうにも思い出せない。
「はぁ、やめやめ。これ以上考えても埒が明かん」
溜息交じりに立ち上がり、軽く深呼吸をする。
決断が迫られた時に考え込んでしまうのは昔からの悪癖だ。
大した意味もないと分かっているのに、グルグルと堂々巡りの思考を繰り広げてしまう。
「……そんなんだから、ずっと同じ夢を見てたんだろうな」
呆れ混じりに。
けれど、どこか清々しい気持ちで吐き捨てる。
「さっきから、何ブツブツ言ってんの……?」
「いや、別に大したことじゃねぇよ。本当に……大したことじゃ、ないんだ」
「……あっそ。変なの」
リサの雑な返答にむしろ安心感を覚えつつ、俺は自室の扉に手をかける。
腕時計が刺し示しているのは午後六時。
夜空が好きな彼女を連れ出すには、ちょうど良い時間だろう。
「じゃあ俺、ちょっと出かけてくるから。沙耶には晩メシ二人分減らすように言っておいてくれ」
「二人分……ふーん、そういうことね。ま、別にいいケド」
「話が早くて助かる」
何と言わずとも、こちらの意図を理解してくれたようだ。さすがは我が相棒である。
「じゃあ、行ってくる」
改めて出立の言葉を告げ、音崎千春の個室へ足を向ける。
こうして彼女を訪ねるのは“魔改造オムライス”を食わされた時以来だな、なんて笑いながら、部屋の戸を軽くノックする。
「千春さん、いる?」
「え、た、大河くん? こんな夕暮れ時に、どうしたの……?」
そして、俺は──
「今から一緒に、星を見に行かない?」
──最後に二人で、“彼女の一番好きな景色”を共有することにした。