夜更けのリビング
学祭が終わってからプチ行方不明となっていた芦屋さんの所在は、魔女ハウス帰宅後に存外早く判明した。どうやら彼女は一足先に帰路に就いていたようで、俺たちが帰って来た時には既に芦屋ルームの明かりが灯っていたのである。迷子になっているのではないかと一瞬心配していたが、無駄な気苦労だったらしい。なにはともあれ、一安心である。
一方。舞華と別れた後、どこか気まずい雰囲気のまま帰宅を果たした俺たち学祭観客組は、特に何か会話を交わすでもなく各々の部屋に戻った。このまま消灯し、各自就寝を迎える運びである。次に顔を合わせるのは、翌日の朝となることであろう。
祭りの喧騒が噓だったかのように、魔女ハウスは静まりかえっている。
まるで本当に、ここが森の魔女の住処になってしまったかのように。
と、まあそんなわけで。
「全っ然、寝れん」
一人きりになったことで、余計に無駄思考スパイラルに陥っている俺であった。
考えてもどうにもならないことをウダウダと考える。
普段はまったく気にならない秒針の音が、やけにチクタクと耳に入る。
完全に眠れない時のパターンである。
疲れていないわけではない。むしろ、今日はいつも以上に疲れていると言っていい。沙耶との関係に決着をつけ、芦屋さんとの関係にも変化の兆しが見え始めたのだ。そんな出来事が同じ日に起こったものだから、疲れないわけがない。主にメンタル的な意味で。
「……夜風でも浴びるか」
とはいえ、このままゴロゴロとベッドに転がって朝を迎えるのも精神衛生上良くない気がする。気分転換も兼ねて、俺は一度外へ出ることにした。
◆
魔女たちの眠りを妨げぬよう、慎重に自室の扉を開ける。
暗がりの中、スマホのライトを頼りに忍び足で階段を降りる。
消灯後のリビングに辿り着き、庭へ向かう足をなんとなく止めてみる。
【気づけ、バカ】
謎の彼女に唇を奪われたのも、こうして寝静まったリビングだったな、と。
ふと、そんなことを思い出す。
今もなお、彼女の正体は分からないままだ。
第一候補は芦屋さん、次点で千春さんになるのだろうか。
ファーストキスの相手がハッキリしないというのは、なんともムズ痒いものだ。
思い返すと、このリビングでは色んなことがあったなと感じる。
ソファーで目覚めたら、布団の中に芦屋さんが居た。
冷蔵庫に飲み物を取りに来たら、下着姿の舞華を目撃した。
窓際では時々、千春さんが星を眺めていた。
キッチンでは沙耶が毎日、せっせと料理をしていた。
テレビのリモコンは、大抵リサが握っていた。
この場所を見渡すだけで、今までの思い出が昨日の出来事のように脳裏を駆け巡る。
「はは、まったく。もうすぐ終わるってのに、何考えてんだ俺は」
どうやら俺は、自分が思っていた以上に魔女たちと過ごす日々を気に入っていたらしい。