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この中に1人メインヒロインがいる  作者: Taike
第六章 ずっとそばにいた
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ずっと会いたかった

 沙耶は会場の入口に着くと一言、「告白の返事はいらないです。ただ、私が勝手に好きでいることくらいは許してもらえませんか?」と告げてきた。どうやら俺にはハッキリとした答えを出して欲しくないらしい。


 気持ちに白黒をつけず、今はまだ曖昧な関係を楽しんでいたい。

 それが第三の魔女・漆原沙耶が出した結論である。


 開き直ったように振る舞うリサとも、猛烈なアピールを続ける舞華とも違う、彼女なりの答え。同じ魔女でも個人個人で今後の方針は随分と変わるようだ。


 ならば芦屋さんは、あるいは千春さんは。

 正体を現した時、一体どんな結論を出すのだろう。


 そして、全ての真相が明らかになった時。

 俺は彼女たちに、何を思っているのだろう。



 沙耶をおぶったまま会場入りすると、薄暗い屋内は大勢の人々で埋め尽くされていた。芦屋さんの演劇サークルが人気なのは結構なことだが、先に会場入りした魔女ハウスのメンツを見つけるのが難しくて非常に困る。


「アイツら、どこの席に座ったんだ……?」


 などと、そろそろ痺れてきた腕に限界を感じつつ、首を傾げた時であった。


「……なんでアンタが、沙耶おぶってんの?」


 どこらともなく、不機嫌そうなギャルが現れた。


「あ、こ、これは、私が足を挫いちゃったからで……」


「ふーん、あっそ」


「いやいや、リサこそ、なんでこんなとこ居るんだよ。今公演中だろ。俺らより先に行ったんじゃなかったのかよ」


「それは……ちょっとトイレ行ってて、席離れてただけだよ。ま、席探しに困ってるとこで偶然会えたわけだし、アンタら的にも都合良かったでしょ?」


「まあ、それはそうだが」


 あまりにもタイミングが良すぎる気もするが……気にしたところで、特に意味もないか。


「さ、無駄話はこの辺にして、さっさと観客席に行くわよ。アンタらの分もちゃんと二席確保しといたんだから」


「おお、それはありがたい限りだ。ちなみに席ってのは、どの辺だ?」


「ふっふっふ。聞いて驚きなさい」


 素朴な疑問を告げると、リサはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、


「特等席よ」


 会場内の、最前列を指差した。



 リサの言葉通り俺たちは最前列、しかもド真ん中というコレ以上ない特等席に着くこととなった。既に着席していた舞華曰く、「ゴリ押しで周りの人に交渉したら良い席譲ってもらえちゃった!」とのことである。コミュ力オバケおそるべし。


 眼前の壇上では芦屋さん筆頭に、現在進行形で演者たちが汗を流している。途中参戦という形にはなったが、事前に芦屋さんの練習に付き合っていたおかげでストーリーには付いていけそうだ。


 引っ込み思案で内気な女子高生が、幼少期に別離した主人公と再会。

 成長した主人公との交流をきっかけにヒロインは徐々に明るくなっていく。

 最終的に、二人は惹かれ合う。


 そんな、少し俺のリアルと重なるような物語。


 到着が遅れたこともあって、劇は既に終盤に差し掛かっていた。


『卒業おめでとう。また君と会って、三年も一緒に居られて……俺、本当に嬉しかったよ』


 場面は高校の卒業式。

 再開してから過ごした日々を振り返り、桜並木の下で思い出を語らうシーン。

 壇上に居るのは主人公役の演者と、ヒロイン役の芦屋さんのみ。


 二人は卒業しても共に生き続けることを誓い、涙ながらに互いの想いを確かめ合う。

 まさしく最終局面である。

 

 『うん。私も、すっごく嬉しかった……!』


 スポットライトを浴びる彼女を見上げる。そこに居るのはいつもの愛らしい彼女ではなく、全霊で感情を表現するヒロインだ。


 “主人公”と見つめ合うその横顔を見て、俺は多少の安堵を覚える。彼女は「どうしても涙が出ない」と悩んでいたけれど、今の表情は練習の時より何倍も豊かで魅力的だ。


 きっと今の彼女なら、次のセリフで綺麗な涙を流せるだろう。

 そういう安堵を覚え、勝手に大役を終えたような気分になった。


『だって、だって、私は……!』


 “主人公”の手を取り、彼女はこの物語を締めくくる準備にかかる。

 会場中が固唾を飲んで壇上を見守り、俺もあくまで観客の一人として彼女らを見つめる。


 そうして物語はフィナーレを迎える──はずだった。


「な、芦屋さん!? 急に、何を……!」


 そう。つい数秒前まで、俺は観客の一人だったのだ。目の前の物語に介入するはずなんてないし、そんなことはあってはいけない。 


 ──しかし最後の最後、彼女は“主人公”から手と目線を離し、観客席まで降り始めたのである。


「え、なになに、あの子急にどうしちゃったの……?」


 ざわめく場内。


「え、ちょ、どういうこと!?」


 ステージ上で狼狽する“主人公”。


「だって、だって、私は……!」


 けれども、彼女はお構いなしにこちらへ急接近してきて──


「ずっと、あなたに会いたかったから……!」


──間違った形で、間違った相手に、フィナーレのセリフを告げた。


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