懺悔
最上大学、第一講義棟。
夕暮れ時の学内は未だ、お祭り気分で大盛況。
学生たちの喧騒は、止むどころか増してきてさえいる。
「大河、さん……どうして、ここに……」
──けれど、この屋上を満たしているのは全く別の空気だった。
「うげ、マジかよ。人が来ちまった。学祭中の屋上なら人目に付かねぇと思ってたんだが」
「で、君なに? 沙耶ちゃんの知り合いかなにか?」
私に詰め寄っていた取立人の二人が、彼を一瞥する。
屋上の入口で立ち尽くす彼は、驚いたような、悲しんでいるような。様々な感情が入り混じった表情で私たちを見つめている。
──ああ、ぜんぶ終わった。
ただただ、そう思った。
全身から力が抜けて、今自分がどんな顔をしてるのかさえ全く分からなくなってくる。
そして何より、彼が怖い。
いつかこうなるって、分かってたはずなのに。
ずっとこのままじゃいられないって、知ってたはずなのに。
全てが露呈した、今、この瞬間。
彼が次に口を開いた時、どんな言葉を発するのかが、分からなくて、怖い。
「ひぐっ、ぐすっ……ごめんない……大河さんっ、ごめんなさい……!」
怖くてたまらなくて──気づけば、涙が溢れていた。
「私は……私はっ! ずっと、あなたをダマしてたんですっ! お金がっ! どうしても、お金が必要で……! そこに居る方々は借金取りで……!! だから、私は、私はっ……!」
思考も言葉もまとまらない。胸の中が焦りと罪悪感に埋め尽くされて、自分でも何を言っているのか分からない。涙で視界が埋め尽くされて、あなたの表情も分からなくなってくる。
楽しかった思い出が。
いつも通りの当たり前が。
ああ。私の手から、離れていく。
「ああっ、あああ……! ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……!」
そして最後には、ただうずくまって懺悔することしかできなくなっていた。
「あーあー、ひでぇ有様だ。事情はよく分からんが、こりゃ沙耶ちゃんマトモに会話できそうもねぇな。おい、一旦今日のところは撤収するぞ」
「へいへい、了解。しっかし、よっぽどそこの兄ちゃんに借金バレたのかショックだったのか? 今まで結構ガン詰めしてたつもりだが、ここまで取り乱すのは初めて見たぜ」
会話にならないと判断し、取立人たちは屋上を去ろうとする。
崩れ落ちる私は、もはや何も言葉を発することができない。
この先、私はどうやって生きていけばいいんだろう。
この後、あなたと二人になった時、私は何と言えば良いんだろう。
そんな私に、あなたは何と言うんだろう。
未来に希望が見えず、増大する恐怖に首を絞めつけられるような感覚。
いっそこのまま消えてしまえれば、どんなに楽だろう──
「ああ、すいません。そこのお二人さん、少し待ってもらってもいいです?」
──そうして、完全に心が折れかけた時だった。
「あ? なんだよ、兄ちゃん。あんましカタギとは関りたくねぇんだが」
「まあまあ、そう言わず。少しお話したいだけですから」
顔を上げると、なぜか大河さんが取立人たちを呼び止めていて──
「岩崎家の御曹司と取引ができる。こう言えば、少しは足を止めてもらう気になれますかね?」
──焦燥する私をよそに、彼は不適な笑みを浮かべていた。




