悲運の魔女
シオンさんの話によると、『魔女ハウス計画』は彼が考えたアイデアらしい。
「いつまでも初恋に囚われて女慣れしないようであれば、それは一企業の跡継ぎとして何かと困るからね。だから未練の払拭とハニートラップ耐性をつける目的を兼ねて、“夢の女の子”と“魔女”を一か所に集める。彼女らと共同生活を送れば、たとえどんな結末になったとしても、彼は曖昧な過去に踏ん切りをつけられるだろう──まあ、そういう算段さ」
魔女候補として私に白羽の矢が立ったのは、ほとんど偶然のようなものだった。シオンさんが学内の女学生を何人か近辺調査したところ、経歴的にも境遇的にも『漆原沙耶は魔女になってくれるだろう』という判断に至った、とのことだ。
大企業の調査力は恐ろしい。彼と出会った時点で私の個人情報は大半が筒抜けになっていたし、そもそも『お父さんが行方をくらましたのは闇金から借りた多額の借金が原因だった』なんていう、私でさえ知らなかった情報まで岩崎家は把握していた。
「御曹司のハートを見事キャッチできれば、めでたく君には1000万円の報酬が出る。どうだい? 悪い話じゃないだろう?」
「たしかに、そうですけど……少し、残酷じゃないでしょうか?」
「ま、まあ確かにね。本音を言うなら、たまたま金銭面で困ってる美女を見つけたから、足元見て声を掛けたって面はある。倫理的には多少問題あると思うし、それを残酷だって言われたら返す言葉も見当たらないって感じではあるけれど……」
「いえ、そういう意味じゃないです。その……御曹司の方にとって、すごく残酷な話じゃないかな、って。そう思ったんです」
私が魔女になりたくなかった理由は、それに尽きると言っても良い。
愛だの恋だのなんて、ぜんぜん分からない。けれど、誰かの都合で初恋に終止符が打たれるのは、きっと辛いことだ。いつまでも昔のことを考えるのは罪じゃないし、それだけ強い想いを持ち続けている証拠だと思う。それだけ、彼にとって素敵な思い出なんじゃないかと思う。
私の都合ではなく、彼の境遇を考えた時。魔女になることを、あまり好意的に捉えられなかった。
「はは、そういうことか。まあ、酷な話ではあるかもね。でも、これくらいやらないと、きっと彼は前に進めない。良くも悪くも、彼は真面目過ぎるからね。固執している過去があるなら、それを見て見ぬフリはできないのさ。だから、それを強烈な“イマ”で書き換えてあげるしかない」
ま、ボクのエゴかもしれないんだけどね?
そう付け加えて、彼は屈託のない笑顔を見せる。
「……私、決めました。魔女に、なってみます」
「おや? 躊躇していた割には随分と早い決断だね。まあ、ボクとしてはそっちの方がありがたいけれども」
「別に魔女ハウスを良いなと思ったわけじゃありません。私の家がお金に困ってるのは事実だから、状況的に参加せざるを得ないだけです。それと……少し、興味が湧いたので」
思えば、私が魔女になった理由なんて、それくらいのもので。
「? 興味?」
「ええ。あなたのご主人様──大河さんに、会ってみたくなりました」
もし、お金に困っていなければ。
あるいは、相手が君以外の誰かだったなら。
たぶん私は、魔女になっていなかった。