私の弟は宇宙人なの
その日は、確か学園祭の帰りかなんかですごく遅かったの。辺りはすっかり暗くなっていて、アタシはサキちゃんと二人で道を歩いていたの。
空を見上げると、低い所、山田のマンションより低くに真っ赤な月が出ていて、それを見たアタシはそれを指差して、サキちゃんに「何だか不気味だね」っていったの。
するとサキちゃんは突然、「知ってる?赤い月ってね、私たちにケイコクしてるんだよ」って言ったの。
「何を?」ってアタシが聞いたら、
「宇宙人が地球に来てるの。だから気を付けないといけないんだよ」って。
サキちゃんは何ていうか、虚言癖というか作話癖というか、とにかくその時々でぱっと思いついたことを、彼女自身は信じていたかどうか分からないけれど、とにかく適当にでっちあげたことをさも本当の事のように話す癖があったから、その時もアタシは本気にしないで、「ふーん。気を付けなきゃだね」と適当に返したの。その時はなの。
それからしばらくあって、アタシは赤い月のことなんかすっかり忘れていて、そう確か寒くなりはじめ、11月ごろかな、そう、そうだちょうどそれ位、計算的にも合ってる、その頃にアタシは何か自分の部屋にいて、うーん何してたかは思い出せないんだけどとにかく自分の部屋にいて、そうしたらママがアタシの事を呼んだの。下から。そう階段の下から。
でアタシが下までおりてくと、アタシに、「マユミ、あなたはお姉ちゃんになったのよ」って真剣な顔で言うの。3ヶ月だって。そう、だから確か学園祭は9月だから11月。なに?もちろん信じなかったよ最初は。ママは誰かを疑うなんて知らないんだから、また誰かに騙されちゃったと。
でもね、最初は信じてなかったんだけどね、やっぱママのお腹が膨らんでくるじゃない?もうそれがすっごく気持ち悪くて痛々しくて、しまいにゃママのお腹を食い破ろうと蠢いてるし、アタシはママが変な寄生虫に憑かれちゃったと思ってたの。ママは純粋だから。きっとそれを寄生虫が狙ったのだって。でもどうしたらママを助けられるか分かんなくて、それでじっと考えてたらようやく思い出したのサキちゃんのこと。もう春になってて、サキちゃん違う学校行っちゃってたんだけど、ママを助ける方法じゃないんだけど、でも思い出したの。
あいつは宇宙人なの。
月が警告してくれてたのにアタシは気付けなかったの。それでママが取りつかれちゃって、アタシの本当の弟の代わりに宇宙人が侵略してきちゃったの。そうなんだって、真実に気付けたの、でも手遅れで、早くなんとかしないとママが取り殺されちゃうと思って、だからそう言ったんだけどママは信じてくれなくて、そう純粋なの。
アタシが一生懸命言ってるのに聞いてもらえなくて、そしてそうこうしているうちにママが入院しちゃって、そうしたらそう、ある朝病院から電話が掛かってきて、季節?さあいつだか分からないけど、でも十月十日っていうから7月か8月かな、とにかく青空の綺麗な日で、それでパパとアタシは病院に行ったの。
そしたらアイツがいたの。
宇宙人なの。
あたし、確信したの。もう本当に。
赤くて皺くちゃで世にも醜くてぶくぶくと膨れてて頭なんか何も生えてなくて、聞いた人が死ぬ叫びを上げてたの。もうこんな気持ち悪い生きものが人間なわけなくて、アタシは本当にどうしたら良いか分かんなくて、でもママが取り殺されなくて本当に良かったって安心したの。
そう思って立ってたら、パパが部屋の外でジージとバーバに電話してるのが聞こえたの。電話で人のこと「感動で声も出ないようです」とか言っちゃって、もう馬鹿丸出し。駄目だよね。そりゃ昔から人の気持ちなんてこれっぽっちも分かっちゃいないなんて事は知ってたけどさ、娘が感動してるかどうかすら分かんないなんてそこまで粗悪な頭の持ち主だったとは思ってなかったのアタシだって。
でもさ、まだアタシが何考えてるかミスリード、え、ミスリードのリードって読むじゃなくて導くなの?とにかくアタシが何考えてるか読み間違えるくらいならまだ阿呆だなで済むけど、本当にいけないのはアイツが宇宙人だって、人間なんかじゃ決してないって事に気付けなかったこと。
本当にもう、アタシだってパパが馬鹿だって事は気付いてたけど、でもアレはないでしょ、あそこまでとは思わなかったの、粗悪通り越して劣悪なの。昔は違った気がするんだけど。酒飲みは馬鹿になるっていうけど本当だよね、ママは飲まなかったもの。
だからね、アタシはもうパパに何言っても無駄だって分かったから、ママとアイツが退院してくるまで待ったの。じっと待ったの。じっとパパと二人だけの日々に耐えて、それからママが帰ってきたら、「どうしてその宇宙人を捨ててこなかったの」って、家に来たとき、そう帰ってきたとき、ママに言ったの。
ママはびっくりしてたけど、パパは嫌らしい薄笑いを浮かべて「嫉妬してるんだよ」とか言っちゃって人の気も分からないくせに何様のつもりだと。黙れカスがって言ってやったの。てめえなんか発言権無いんだから、発言したところでまともな事言えないんだから黙ってろと。
そうしたらパパがキレたの。馬鹿だよね真実なのに、そんなことすら分かんなくて哀れなの。もう臨戦態勢、鉛筆でも目か喉に差してやれたら勝てると思ったんだけど、腕の長さに差があってさあ、卑怯だよあれ首絞められたもん。ママがあの時間に入ってくれなかったら、目の前暗くなっちゃったし、死ぬかと思ったの。
そう、それでやっぱりママはアイツ捨ててくれなくて、それどころかすごく大切にしてアタシを近付けないようにして、アイツばれちゃったからアタシを近付けなくさせてたの。
そう、でね、アタシ公園に行ったの。一人で。え?いつか?うーんいつだろ、あ、でも紺色のジャケット着てたから秋かなあ、明るかったけど雲の多い日なの。アタシベンチに座って考えたの。どうしたら分かってもらえるんだろって。
そうしたらね、気付いたの、そうパパもいつの間にか宇宙人と取りかえっこされてたの。ほらよく英国では妖精と赤ちゃんが取りかえっこされちゃうじゃない、何ていったっけ、フェアリー何とか、じゃなかったかなあんな感じでいつのまにか。アタシ気付けなかったのその時まで、でも気が付いたの。だって昔はあんなんじゃなかったの。だってそうじゃなきゃおかしいじゃない、いくらパパでもアイツの正体には気が付くもん。パパも宇宙人だから、正体をバラしたアタシの事殺そうとしたの。バレちゃいけないから。
そう考えたら、もしかしてもう宇宙人は地球に大分侵略してきてるんじゃないかと思えたの。だってアタシの弟宇宙人と取りかえっ子されちゃったけど、それならおかしいの、普通ならお医者さんや看護師さんが気付くはずじゃない、ってことはみんなみんな宇宙人なの。そうアタシは気が付いたの。騙されないんだから。
そう気が付いて公園を見回したら、何でアタシ今まで気が付かなかったんだろう馬鹿だよね、みんなみんな宇宙人なの。よくよく見たけど、人間と宇宙人を見間違えるはずないの、もう醜い人間の皮を被った気持ち悪いほど醜い塊が沢山沢山沢山沢山沢山沢山沢山沢山沢山沢山沢山!!!!!!!!
アタシ叫んで立ち上がって、それで家まで走って帰ったら、もうママがやつれててげっそり、カッコウに託卵されたホオジロみたいにもう、アタシそれ見て決心したの、この世界にいる宇宙人全部アタシが殲滅してやるって。ママを守るんだからって。
それでそれからアタシお金ためて、それで買ったの。十徳ナイフ。だって十徳ナイフは宇宙人と戦う武器だから。なんでって、だってそうじゃない、包丁が料理用で、カッターが紙用なのと同じ、十徳ナイフは宇宙人用、当たり前じゃない。
で、アタシ十徳ナイフ買ったのお金ためて。安心したの、だって十徳ナイフが売ってるって事は、アタシの他にも宇宙人に気が付いて、戦おうとしてる人たちがいるって事だから。勇気づけられたの。皆で頑張ろうって。
それで家まで買って帰って、その頃?ああもう冬になっちゃってたな、でも焦って安いナイフ買っても良いことないから、宇宙人とは長期戦なんだから。
そうそれで、アタシはまずママにここから逃げようって言ったの。逃げて、仲間の所にいこうって、アタシには分かるの。いるの仲間は。でもママはそんなことできないって純粋なんだから、アイツがいるから。
そう、だからアタシはアイツを刺したの。宇宙人だって事分かってもらわないと。ママははっきり言わないと、これでもかって見せてあげないといけないの。そうしたらパパが叫びながら飛んできて、まあ当然だよね宇宙人だって事がばれただけじゃなくて徹底抗戦表明したんだから、焦るのも無理ないね、アタシはこの前の教訓から、パパが後ろを向いたときに刺したの。学習したの。
それでね、アタシがママに「もう大丈夫だよ」って言ったら、ママ泣いて喜んでくれたの。だからアタシは、ママと一緒に逃げて、宇宙人と戦い続けようと思ったの。大変だけど、でも誰かがやらなきゃいけないから、仲間もいる事分かったし、仲間の所に行って戦おうと。
さあ、これで分かった?分かったんなら早く帰してよアタシ宇宙人と戦わなきゃいけないの、ママを守らなきゃいけないの。
あっ分かった、貴様らも宇宙人なのか、それでアタシが正体に気が付いてしまったから隔離しに来たんだ、でも残念でしたアタシにはママも仲間もいるんだから助けに来てくれるの。アタシを殺したって無駄なんだから仲間は沢山いるの馬鹿じゃないのさすが宇宙人。アタシ死すとも真実死せず、アタシ一人を葬ったって貴様らはいつかこの地球上から絶滅されるんだからアタシには分かるのこの宇宙人風情が知ったような口を利くんじゃねえ何も理解できない寄生虫がさっさと私をここから解放して星に帰ったほうが身のためだってアタシが忠告してやってんのが分かんねえのか!!!!!






