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8.転機は忘れた頃にやってくる

 何が悪かったかといえば、油断していたからということになるんだろう。思ったより危険にさらされる場面もなく、この調子ならあと一年と少しなら何とかなると思っていた。



 その日私は二時間目の授業が終わって、普通より長い十五分休みにこれからどうするかを考えていた。

 死人が量産されていたゲームの知識からすると意外だが、仕事相手としての色付きは距離さえはかり間違えなければ安全な相手だといえる。

 特に生徒会の手伝いは、緑川先輩が使える群衆を殺されないよう配慮してくれているため、仕事量的にブラック気味ではあるが職場環境的には悪くなさそうだ。

 赤羽先輩、緑川先輩は問題ないとして、ピンクちゃん、青柳、黄樹君は群衆を殺すことに躊躇がない。放課後数時間とはいえ同じ場所にいるのは正直怖い。

 ……だけど、緑川先輩に就職アピールするならもう動き出さないといけない。先輩たちは三年生。卒業まであと三ヶ月ほどしかない。緑川先輩は卒業と同時に下の学年でも使える群衆は引き抜いていくという噂もある。危険は多いがここはやるしかないだろう。

「よし!」

 女は度胸だ。

 立ち上がろうとした瞬間、


「ねえ、こっちよく見てるけど何か用?」


 突然視界に入り込んできた、にっこり笑う濃紺の髪の美形。

「な、なんのことでしょう?」

 この瞬間、私は死亡を悟ったのだった。


       *


 にこにこと人好きのする笑みを浮かべる相手に、椅子に座ったまま私は完全に固まった。


 ……なんでここにいるの。この時間は教室からいなくなってるはずでしょ!


 頭の中で盛大に悲鳴をあげるが、体はぴくりとも動かない。

 たしかに今日は青柳が教室を出て行くのは見なかった。同じように繰り返される日々に慣れて警戒を怠ってしまった自分が恨めしい。


 青柳は前の席の椅子の背もたれを抱え込むように座って、ちょっと小首をかしげる。

 攻略対象らしく美形だが、固まったままの私を面白がっているような表情は普通の男子と変わらない。

 前の席から話しかける男子。ごくありふれた光景。

 足元で元々その席の持ち主だった子が首を変な方向に曲げたまま大きな藍色の狼に食べられているのを除けば。

 ……とても普通だ。それが怖い。

 ざわざわと教室の中の話し声が、聞き取れもしないのにやけに耳につく。

 聞き取りたくないのに足元から聞こえる咀嚼音(そしゃくおん)


「見てたでしょ?」

 いつから気づかれていたんだろうか。いや、気づかれるのはわかってたけど、見分けられるとは思わなかった。生き延びるための観察が完全に裏目に出た。


 ……完全に死んだ。


 恐怖で抵抗する気も起きなかった。

 ただ、最後にひとつだけ言ってやろうと青柳の目を見返した。

「せめて狼じゃなくて自分で片付けなさいよ」

 こんなふうに物みたいに無関心に扱われるのはごめんだ。

 この男にこんなことを言ったって意味がないってわかってるけど、言わずにいられなかった。

「なにそれ」

 青柳はふっと笑うと席を立った。

 そのまま藍色の狼をつれて教室を出て行く。

 なんだかわからないけど……助かった、んだろうか。


       *


 九死に一生を得て、私は青柳の観察をきっぱりやめた。

 生き残るための行動で目をつけられたのでは本末転倒だ。

 観察をやめて、できるだけ身をひそめて目立たないように。気まぐれな青柳のことだ。たかだか群衆のことなんてあっさり興味を失ってくれるだろう。

 念のため授業中以外はできるだけ教室から離れる。群衆は色付きからすれば顔の見えない画一的な存在だ。教室外で他の子たちにまぎれこんでしまえば見分けはつかないだろう。


「ねぇどこ行くの?」

 ……おかしい。

「全然こっち見ないよね?なんで?」

 青柳が私を見分けている。

 時間は放課後。教室から出たところで声をかけられ、近づく青柳から距離を取ろうと必死に後ずさる。

 じりじり廊下の窓際に追い詰められて変な汗がふきだしてきた。

 このまま近づかれるのは危ない。走って逃げるのは無理だし、窓から逃げるのは……ここは二階だし無理ではないかもだけど……やっぱり無理だ。つかまる未来しか見えない。

 そこまで考えて、私は心の中で特大のため息をついた。


 青柳は興味や執着が薄い反面、一度興味を示した相手は逃がさない。逃げようとしてもどこまでも追い詰めて、そして相手はじっくりと殺される。

 こうなったら近づきすぎず、かといって何気なく殺されないように、殺すのがもったいないと思わせる程度の関係を維持するしかない。

 ……生き延びるための難易度がものすごく上がった気がする。

 まあやるけど。やるしかないけど。



「とりあえず、五歩くらい離れてくれませんか?」

 まずは何気なく殺されないために、物理的な距離を保つところから始めよう。

 青柳は気まぐれだから、他に興味を引くものができればあっさりどこかへ行ってくれるはずだ。そうすればまた群衆に紛れ込める。今はピンクちゃんもハーレム目指してがんばってるし、早く興味が移ってくれることを祈ろう。

「……いいけど?場所変える?裏庭とかどう?」

 いつピンクちゃんが通りかかるかわからない廊下からは移動したいけど、人気(ひとけ)のない裏庭は遠慮したい。

「食堂のテラスにしましょう」

 食堂前なら誰かはいるし、今までの観察からすれば青柳は一応他の色付きの前では群衆を殺す頻度が減る。

 まあ気休めだけど。でも何にもしないよりはいい。

 背後を歩かれるのは怖いので、先に歩き出してもらう。ゆっくり五秒数えて私も歩き出す。はた目には一緒の方向に行っているだけの無関係な人間に見えるだろうなっていうくらいの距離。

 青柳は特に何も言うことなく、振り向きもせずに歩いていく。


       *


 この時間でも食堂に隣接したテラスには、ぱらぱらと人がいた。無人でなかったことにほっとしつつ、私は青柳から十歩以上離れた距離で向かいあう。

「なんでその距離なの?」

「今までの観察から割り出した、なんとなくで殺されない距離です」

 本気で殺す気になったら無意味だけど。今のところ意識的に殺す気はないみたいだし、なんとなくさえ防げればなんとかなると思いたい。

 なんと言ってもこっちはデコピンで死ぬくらいの弱さだからね!

「話しにくいからもう少し近くにならない?」

「じゃあ、そこ座ってください」

 青柳をテラス席に座らせて、私は大回りして青柳の背後に回る。大きく五歩分くらい距離を取った。

「……後ろに立たれるのも話しにくいんだけど」

「従者くんで慣れてるでしょう?」

 青柳の後頭部が軽くゆれて、大げさなため息が聞こえた。

「まあいいけど。……使役獣は射程には入れないの?」

「だって殺すときは必ず自分の手でしょう?こだわりでもあるんですか?」

 明らかに戦闘向きの使役獣なのに青柳が死体の始末にしか使うところを見たことがない。

 自分の手で殺すのに何か意味があるのか、それともたまたまなのか。

 使役獣も警戒しなきゃいけないなら距離がだいぶん変わってくる。

「使役獣に殺させちゃったら狩りになっちゃうじゃない。主従関係はきちんとしとかないとね」

 つまり自分の手で食べ物を与えることが大事だと。

 ……いまさらだけど死体を食べ物って表現してる自分がこの世界に毒されてきてて嫌だな。


「変な顔してるけどどうかした?」

 いつの間にか振り向いた青柳が首をかしげる。

 おっと、表情までわかるようになってるのか。本来私は顔の見えないモブのはずなんだけどね?

「いえ別に。ちなみに使役獣を出せる距離に制限はあるんですか?」

 答えにくいことはスルーして無理やり話題を知りたい方向に変えてみた。青柳は特に気にすることなく、こてんと首をかしげる。

「……さあ?やったことないけど。たぶんけっこう遠くまでいけるんじゃない?……試してみよっか」

 その辺の群衆なぎ倒せばいい?と聞いてくるのをあわてて止める。

 私たちなぎ倒されただけで死ぬから!

 もし死ななかったとしても大ケガだから!

 何気ない会話で人殺しの引き金を引いてしまうところだった。


 ……この人のこういうところが怖いんだよなぁ。

 ほんっとうになにげなく人殺せるんだよ。まあ、色付きにとって群衆は同じ人のくくりじゃないのかもだけど。

 でも少なくとも他の色付きはもう少し群衆に対しても配慮というか節度というかはあるんだけど。


「ちなみにこの会話、楽しいですか?」

 会話というか、ほぼ質疑応答だけど。

 結局この人が何を求めて声をかけてきてるのかも、いまいちわからない。

「……楽しいかはわかんないけど、思ったより苛々はしないかな」

 自分でも不思議そうに首をかしげられて、全身に鳥肌が立つ。

 基本的に苛々したら殺す人に言われると冷や汗が出るね。

 だいぶん綱渡りなんじゃないのこれ?


「そういえば君、名前なんだっけ?」

「……群衆だから名前はないです」

「ああそうなの」

 どうでもよさそうにうなずいて、またこっちを見てくる。

 なんなのこの状況。誰か説明をください!




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