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ハーレムエンドのその後で  作者: 雨森琥珀
その後の話
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10.ちょっとしたはかりごと

「お前さん、ちょいと茶でも飲んでおいき」

 仕事の資料を持ってだだっ広い青柳家の敷地内を歩いていると、不意にじいさんに呼び止められた。

 じいさんがほとんど使用人しか通らない場所にわざわざ来てるってことは、何か用があって待ち構えられていたんだろう。

 持っている資料が急ぎのものではないことをちらりと確認して頷く。

「ついておいで」

 満足そうな笑みを浮かべたじいさんがゆるりと歩き出すのに、三歩くらいの距離をあけてついていく。

 時々使用人たちから向けられる視線を感じながら着いた先は、馴染(なじ)みになりつつあるじいさんの部屋だった。

「まあ楽におし」

 当たり前みたいに小皿に乗った干菓子(ひがし)と抹茶が出てくるのが、じいさんだよなあ。

 魚っぽいの形の菓子を口に運びながら思う。

 しゃかしゃかと鮮やかな手つきで()てられた茶を差し出されて受け取る。

「……いただきます」

 茶碗のこっちに向けられた面は一番見栄えのする場所らしいから、とりあえず見てみる。

 飲むときに一番いい面に口を直接付けないですむように、両手で慎重に茶碗を回す。

 できるだけ絵柄が少なそうなところを選んで、三回くらいに分けて飲み切った。

 ……たまにじいさんから茶に誘われるから作法を最低限は覚えたけど、いまだに茶碗の良し悪しも茶の美味さもわっかんねえなあ。

 まあ、じいさんが出してくるくらいなんだし、いいものではあるんだろう。

 口を付けたところを指の腹でぬぐって、指はハンカチでさっとふいた。

「ごちそうさまでした」

 頭を下げて茶碗をじいさんに返したところで、じいさんが声をかけてくる。


「……お前さん、(はか)ったね?」


 にやり、と笑って言ってくるのに笑い返す。

「瑠璃さんはどうなってるんだい?

 ちょいと話してみただけでわかるほど、知識の偏りが尋常じゃないねえ。

 知ってて当たり前のことが抜けてるのは……群衆だからってわけじゃあないだろう?」

 じいさんはあいつの妙さに気づいてくれたらしい。

 予想していた通りの展開にほっとしながら、内心を悟らせないようににやりと笑って手持ちの札を切る。

「あいつは『記憶飛び』だからな。

 青柳が群衆殺しすぎたせいで知識のインストールが間に合わないまま出現してきたんだよ。

 保健室で最低限はインストールされたはずだけど、それでも他の『記憶飛び』とも違って基本情報がごっそり抜けてるし常識もずれてる」

「ふうむ。そいつあ妙だねえ……ちいとばかし調べてみるとするか。

 それから、瑠璃さんの師は誰なんだい?使役獣と能力について詳しすぎるじゃないか。本来なら門外不出の内容まで、ってえのは尋常じゃないねえ」

「ああ、やっぱりな」

 あいつが図書室で読んでる本のほとんどが禁書だ。禁書っていうのは、本当なら存在するだけでアウトな代物(しろもの)だ。

 あいつの読んでる中に本当なら知ってちゃマズい内容もあるんじゃないのかっていうのは前々から思っていたが、やっぱりその通りだったらしい。

「師っていうか……あいつに禁書読ませてるのは学園の図書室にいるヤバい色付きだよ。

 じいさんが知ってるかどうか知らないけど、黒髪に一部だけ真っ白い髪の」

「『先生』かい!」

 おれの言葉をさえぎって、珍しく本当に驚いてるらしいじいさんが叫ぶ。

「……知ってんだ?」

 月草は存在自体知らなかったけど、さすがはじいさんだな。

「俺が学生の時分(じぶん)に図書室にロケット花火を放り込んだことがあってね。

 いんやあ、あの時は怒られた怒られた」

「……ロケット花火ってじいさん……何やってるんだよ」

 あんなヤバい相手にケンカ売るとか、無茶苦茶すぎるだろ。

「俺だって昔からじじいだったわけじゃあないからね。ヤンチャだった頃だってあるさ。

『先生』は今もご健在かい?」

「楽しそうにあいつに禁書読ませまくるくらいには元気だよ」

 あいつもあいつで常識が抜けてる分、何の疑問も持たないで調べまくってるからな。

 危ないんじゃねえのとは思うけど、じゃあどこまでならいいかなんて判断ができるわけでもない。

「なるほどねえ。『先生』が付いてるってんなら、あの知識量も納得だ。

 さて、どうするかね……」

「この辺りはおれの手に負えることじゃないからな。

 じいさんならうまく扱ってくれんだろ」

 じいさんなら知っておいていいことと悪いことの判断もつくだろうし、多少マズいことがあっても周りを抑え込んで処理もできる。

 にやりと笑って言えば、じいさんはわざとらしくため息をついた。

「やれやれ。老い先短い年寄りに厄介ごとを押し付けるんじゃないよ」

「何が老い先短いだ。百まで平気でピンピンしてそうじゃねえか」

 言い返すとじいさんは楽しそうにくつくつと笑った。

「まあ、まだまだやらなきゃいけないことも多いからねえ。

 お前さんの思惑通り、瑠璃さんのことは気を付けて見ておくことにするよ」

 ……これでひとまずは安心だな。

 あいつの周りにはあいつがやろうとすることを制止できる人間がいないからな。

 青柳だけに任せておいたらどこまでも暴走しかねない。

 あいつの場合は、おれの知ってる常識で測っていいもんでもない気がするしなあ……。

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