7.図書室の住人の独白
語らいがいのある生徒との問答を終えて、図書室の灯りを落とし施錠します。しんと静まり返る建物は薄闇に沈んで、学園に在り続ける知識の砦としての姿を色濃くしていました。
多くの人々が生活する学園にありながら、ここを訪れる者は稀です。
色付きと呼ばれる生徒たちは知りたいことに対して専門の人間を雇うため図書室を必要としません。
群衆と呼ばれる一般生徒は最低限のカリキュラムをこなすことに腐心し、自主学習に興味を持ちません。
次々に入れ替わる生徒たちの営みは、幾星霜の時を経ても変わらないようです。
いくら図書室の番人といえども学園の職員である限り、職員会議には出席しなければなりません。
闇迫る空の下、仄明るく照らされた会議室を目指します。
会議室の扉を開くと、既に会議は始まっていました。
空いている席に座って行事についての伝達と注意事項を聞きます。
最後に注意すべき生徒の行動を共有すれば、会議は十分程で終わりました。
ばらばらと不規則に教員が席を立っていくなか、
「先生が遅くなるのは珍しいですね」
どうしたんですか?と薄黄色い髪の……浅黄先生が声をかけてきます。
「いえ、熱心な生徒とつい話しこんでしまいました」
「そうですか。そういえばこっちにも珍しい生徒が来たんですよ。将来の進路を確認したいって質問にきました」
すぐにあの子のことだと見当がつきました。
「記憶飛びの女子生徒ですね?」
「ああ、やっぱり同じ子ですか。あの子、どうも普通の一般生徒とは感じが違いますよね。教師としてはやる気があるのは嬉しいですけど」
喜びと戸惑いを投げかけてくる相手に、簡単な答えを提示します。
「彼女は『記憶持ち』ですよ」
「ええっ、だってあの子、妻紅と同じようにはとても思えないですよ?」
先ほどの会議でも名前の挙がった女子生徒の名前を大声で言うものだから、まだ会議室に残っていた数人の教員の注目を集めてしまいました。
……さて、どうしましょうか。
「こらこら、不用意に個人名を言うものじゃありませんよ。……ところで黒木先生はまだ復帰されないのかな?」
「あの分じゃ無理でしょう。妻紅は寮抜け出して家まで押し掛けようとしたらしいです。黒木先生、真っ青になって震えてましたから」
「『記憶持ち』とはいえ、彼女にも困ったものですね」
「本当ですよ。二組の副担だけじゃ対応できないからって、隣のクラスの俺にまでとばっちりが来てるんですから」
話題が会議の内容の焼き直しだと知って、こちらを見ていた教員たちも一人また一人と出て行きます。
全員が出て行ったのを確認して、浅黄先生に向き直りました。
「デリケートな話題ですからね。不用意な発言は慎むように」
「すいません。でもまさか『記憶持ち』が何人もいるとは思わなくて」
「確かに珍しい事態ではありますね」
時折こことは違うどこかの記憶を持ったまま生まれてくる人間がいます。彼らのことを職員の間では『記憶持ち』と総称しているのです。
『記憶持ち』は要注意人物の別名でもあります。
なぜなら彼らは往々にして問題を起こすからです。
ここではない記憶を前世と呼ぶ者もおり、似て非なる平行世界の記憶だと言う者もいます。彼らは皆、持って生まれた記憶こそが正しく、この世界を虚構であると主張します。
どうやら何代か前の『記憶持ち』の言うところの『乙女ゲーム』とこの世界が非常に似通っているらしいのです。
そのためか、『記憶持ち』は、この世界で起こるすべてのことが自分のためのものであるかのようにふるまい、大抵は酷く自己中心的です。
そんな人間が問題を起こさないはずがありません。
「『記憶持ち』が複数いる場合、トラブルになることが多いですね」
「これ以上ですか!?」
「ですから彼女が『記憶持ち』であることは極力広めないほうがいいでしょう。妻紅君は典型的な『記憶持ち』ですが、一般生徒の彼女は非常に慎重です」
虚構の世界だと信じて疑わない『記憶持ち』が多い中で、自分の目で見極めて、考えようとしています。
「一般生徒として不自然な部分もありますが、うまくフォローをすれば『記憶持ち』だとは思われないでしょう」
「……もしも二人がトラブルになるようなことがあったらどうしますか?」
「教員として、生徒に優劣はつけませんよ」
多くの生徒を見送る者として、特定の生徒に肩入れをすることはできません。
「私はいつだって向学心のある生徒の味方です。学ぼうとするものを守るのは教員の役割ですからね」
彼女の発想は通常の生徒にはみられないものです。生き延びるという目標のために貪欲に努力する様子も好ましい。
「浅黄先生もトラブルが起こらないよう気をつけて見ておいてくださいね」
にこりと笑みを交わします。
もちろん妻紅君が向学心にあふれた生徒なら、守るにやぶさかではありませんよ?そんなうわさは聞かないけれどね。