8.飴と鰻
調停関係のファイルを渡して以来、あいつが使用人つかまえて何か聞いてる姿をよく見かけるようになった。
最初のファイルを渡した次の日には、ファイルをあるだけ持ってきてほしいと言われて、月草の部屋にある棚は空になった。
ついでに、『質問した人たちにお礼がしたいんだけど何がいいと思う?』と、相談を受けたので、手持ちの飴を分けてやることにする。
……多めに注文しておいて正解だったな。
*
「え、なにこれきれい!」
「いいだろ。普通だったら、がさっと大袋に入ってる飴なんだけどな。
特別に個包装してもらってるからこれなら渡しやすいだろ。
紫のグラデがグレープ味でピンクとオレンジのストライプがストロベリー。あと、金っぽいのと緑のストライプがゆずで、ピンクのグラデがたしかピーチソーダだったはず。黄緑と茶色のは……なんだっけな。悪い、忘れた。お前も食べていいぞ。
とりあえず厨房からいらない瓶もらってきたからこの中に入れとくな。少なくなったら足すから言えよ」
多分味付け海苔とかが入ってたっぽい大きめの瓶にざらざらと飴を入れていく。
……後でもうちょっとシャレた感じの瓶を買ってくるか。
*
飴は確認するたびに順調に減っている。
あいつの、読みたいもののためなら勉強が苦にならないっていうところは素直にすごいと思う。
飴を渡した数日後には、
「使用人たちから『瑠璃様の質問が専門的になってきたので答えていいものか困っている』という問い合わせがいくつも来ているんですが」
月草が困惑したような顔で言ってきた。
「っし。そろそろよさそうだな」
「今度は何をしているんですか?」
「おれは特に何もしてねえよ。
……今からちょっと抜けるけどいいか?」
「構いませんが、行き先はどこですか?」
「じいさんのとこ。ちょっと仕事を斡旋に行ってくるわ」
「斡旋って……大丈夫なんですか?オレもついていきますよ?」
「じいさんにとっても、いい話だから大丈夫だって」
心配性な月草をなだめて、じいさんの部屋へ向かう。
ちょうど部屋の前でじいさんの予定を管理している青磁さんに会えたので、じいさんがどこにいるかを聞いてみる。
「今の時間なら予定は入ってないけど……ええと、先代は南地区で見回り中だよ」
「ありがとうございます」
「今から行くの?俺も今から昼休憩だから連れてってあげよっか?キミじゃ詳しい場所わかんないでしょ」
青磁さんは探知に特化した能力を持っているらしいので、気ままに動くじいさんの居場所も正確にわかるのだ。
連れてってもらえるなら、探す手間が省けて正直助かる。
「お願いします」
「はいはーい。じゃあ、ついておいで」
青磁さんを追いかけて着いたのは、裏門近くにある通いの使用人のための駐車場だった。
青磁さんはシャープな銀の車体のバイクに近づいて、ミラーにかかっていたヘルメットをおれに投げてきた。
「車出させるのも面倒だしね。心配しなくても、何かあったら全力で逃げるから大丈夫大丈夫」
何が大丈夫なのかいまいちわからないけど、とりあえずフルフェイスのヘルメットを付けて青磁さんの後ろに座る。
……つーか、おれらスーツのままなんだけど。
「しっかりつかまっててー」
エンジン音を響かせながらバイクが走り始める。
十分くらいで着いたけど、スーツでバイクに乗るものじゃないな。革靴は滑って踏ん張り効かねえし、しがみついてた青磁さんのスーツがシワになってないか気になって仕方ない。
コインパーキングにバイクを停めて、先導してくれる青磁さんの後をついていく。
商店街をしばらく歩くと、普段と違ってジーンズにポロシャツにカンカン帽というラフな格好のじいさんを発見した。いつもの和服じゃないってことは一応正体を隠してるつもりなんだろう。
……話し方と声でバレバレなんだけどな。
じいさんは靴屋の店主らしい群衆のおばちゃんと何かを話している。
「それでこの間言ってたパン屋と総菜屋はどうなったかい?」
「それがねえ、総菜屋の方がパン屋に告白したら、パン屋には別に好きな人がいたんだよ」
「そりゃあ難儀だねえ」
仕事の話でもしてんのかと思ったら、恋愛話かよ。
「……じいさん、見回りしてんじゃないのかよ?」
「おお、お前さんかい」
振り向くじいさんの隣でおばちゃんが『ご隠居さんのお迎えですね』と、軽く会釈して店に引っ込んでいく。
……おれらがスーツのせいもあるとは思うけど、完全にバレてるんじゃねえかな。
それともお互いわかった上で遊んでんのか。じいさんの場合どっちもあり得るからなあ……。
「もちろん見回りさ。見てわからないかい?」
「完全に恋愛話だろ。なんで青はどいつもこいつもそんなに恋愛が好きなんだよ……」
青柳家の使用人の会話なんて事務的な内容以外はほぼ恋愛話だ。
仕事では他部署とは最低限しか連携しないのに、恋愛事の伝達速度だけは異様に早いのはなんでなんだと毎回不思議に思う。
「なんで恋愛事が好きかって、そりゃあ楽しいからさ。
青の一族には不思議と能力の高い人間が多くてなあ。皆、大抵のことは一人でこなしちまえるんだよ。
人ってのは不思議なもんでな。できることが増えるほど他人との関わりが煩わしくなってくる。
……だがな、自分だけで完結する世界なんかつまんないもんだ。
面倒でも、煩わしくても、関わることでしか見えないものってえのがあるんだよ。
恋愛なんてもんは、その最たるもんだ。他人を自分の中に入れないと始まらない。
だから俺は恋愛が好きなんだよ」
半分グチまじりで聞いたら、意外とまじめな返事が返ってきた。
そんな風には考えたことなかったから、なるほどなと思う。
恋愛は個人主義な青の一族が誰かと関わろうとするためのツールなのか。
考えていると青磁さんが苦笑まじりに入ってきた。
「みんながみんなそこまで考えてるわけじゃないよ。
俺は単純に恋するのが楽しいだけだし、恋して変わる人の話聞くのが単純に楽しいし」
「まあそうさね。その辺りは人それぞれだろうがね」
……まあたしかに。月草なんかも単純に他人の恋愛見るのが好きって感じだもんな。
「それで?俺に何か用があったんじゃないのかい?」
言われて我に返る。そうだ。おれは恋愛談義をしに来たんじゃないんだよ。
「初っ端つつきすぎてビビられてるじいさんにいい話を持ってきたんだよ」
「そりゃあ……どういうことだい?」
「可愛い孫の恋人と仲良くなりたいのにきっかけがつかめないんだろ?
話題はこっちで作っといたから、あいつの話し相手になってもらいたいんだよ」
あいつは本に関して話せる相手なら結構なつくからな。図書室の色付きなんかいい例だ。
それに調停系のことならじいさん以上に相談役として適役もいないだろう。
「どうやら面白そうなことをしてるようじゃないか。詳しくお話し」
興味を持ったらしくにやりと笑うじいさんにあいつの状況を伝える。
「……ふうむ。それじゃ、ちょっくら話をしてみるかね。
場所は俺の部屋でいいかね?」
「多分最初からじいさんの部屋はビビるだろ。青柳の部屋から近い東屋とかならあいつも時々行ったりしてるから多少マシなんじゃないかと思うけど」
「青磁」
「昼食終わってしばらくしたくらいの時間でセッティングしときます」
「さてさて、それじゃ鰻でも食べて戻るとするかね。お前さんたちもついておいで」
じいさんの行きつけらしい鰻屋は群衆が代々継いできたらしく、古いが手入れの行き届いた店だった。
……じいさんみたいな色付きでも群衆の店に来るんだな。
ひそかに驚く。
でも考えてみたら最初にじいさんと会った時も群衆と商品の値段当てとかやってたからな。
じいさんはわりと群衆とか色付きとか気にしない方なのかもしれない。
若いんだからたんとお食べと言われて鰻重の特上を頼んだら、えっらい量が出てきた。
残すのももったいないから根性で食べきったけど腹がはちきれそうだ。
もうしばらく鰻は見たくもないな……。