3.雪柳の能力は
司が生徒会に行っている間、私は図書室に行く。
私と契約した使役獣について調べるためだ。
司の隣に立って生きていくために私に何ができるかはまだ分からない。
だけど、まずは契約してくれた使役獣がどんな相手なのかを知っておけば、いざという時に役に立てるかもしれないと思ったからだ。
今読んでいるのは歴代の使役獣と主人の関係性の資料。
いつも通り図書室から持ち出し不可の資料なので、ここしばらくひたすら読み込んでいる。
生涯にわたって使役獣を明らかにしない人もいるから少なくなるとはいえ、それでも数百年分だからかなりの量だ。
ひもで綴じてまとめただけの紙の束をまた一つ読み終えて、次を手に取る。
ストーリーも何もない、主人の名前と使役獣の種類、色、能力だけが書かれた、覚書のような体裁のものだ。手書きのそれには、主人の名前が消えていたり、能力が空欄だったり抜けているところも多い。
それでも読み込んでいけば、法則性が見えてくる。
使役獣にはランクがある。
下級、中級、上級、そして神獣級。
ランクが低いほど数が多く、与えられる能力も決まっている。
ランクが高くなると契約時や契約維持にかかる魔力がたくさん必要になるらしく、契約できる人間が限られる。そして、同じ使役獣でも与える能力にバリエーションが出てくる。
例えば……今読んでいる資料に記載がある『猫』は下級の使役獣で能力はすべて氷の操作。同時期に複数の人たちが契約していることもあるから、『猫』とひとくくりにされてるけどたくさんいることがわかる。
上級の『曲が角の山羊』になると記載の回数がぐっと少なくなる。能力はその時の主人に応じて業火や大嵐、濁流など。災害系というところは共通しているかもしれない。
これが神獣級になると三体しか出てこない。
『大狼』
『翼ある蛇』
『九尾の狐』
このうちの大狼はアオイだ。
今まで読んだ中で出てきたのは二回だけ。前の主人には炎の力を与えている。
あと重要なのは色。
基本的に使役獣は主人の一族の色をまとうことが多いけど、白になる時だけは能力が特殊化する。
病気の治癒や記憶の欠損の回復など、基本的に回復系の能力になるのだ。
読み終わった資料を置いて考える。
明後日から夏休みが始まる。
夏休み中は司の家に行くことになっているから図書室にはしばらく来られない。
本当は資料全部を読み切りたかったけど、この辺りで一旦仮説を立ててみてもいいかもしれない。
今まで調べた結果からすると、私と契約した雪柳は上級の『羽冠の尾長鳥』でほぼ間違いない。本来は毒を振り撒くという危険な能力を与える使役獣だけど、雪柳は白色だったから能力が反転して解毒系の能力を持っている可能性が高い。
……だけど解毒って、検証しづらいよねえ。
毒とか普通手元にないし。もし違ってたら死んじゃうし。
「……洗剤飲んでみるとか?」
「それはやめておきましょうね」
知らないうちにつぶやいていたらしく、おじいちゃん先生に苦笑されてしまった。
「使役獣は多かれ少なかれ契約者の望みに応じた能力を与えるものです。
あなたは使役獣との契約の時に何を思っていましたか?」
雪柳との契約の時……。
使役獣と契約しようと思ったのは、司と一緒にいられるようにするためだよね。それと解毒がどういう関係があるんだろう?
「毒……毒……」
警戒はしてたけど、司から毒を盛られたことはないし。
ああ別のものは盛られてたけど。……って、もしかして。
「……魔力も毒って……解毒できるものなの?」
「可能性としてなくはありませんが、確証は持てませんね」
おじいちゃん先生の言葉を聞きながら、私は司と初めてキスをした時のことを思い出していた。
……そうだ。ピリピリ口の中が痛かったのが、司の部屋に着くころにはほとんどなくなってた。あれが使役獣の能力のおかげだったとしたら。
「検証行ってきます!」
読んでいた資料を片付けて、図書室を飛び出す。
……とは言っても司がどこにいるのかなんてわからないわけで。
スマホを取り出して、司の番号にかける。
呼び出し音が三回鳴る前に、
『はい。どうしたの?』
司の声が耳元から聞こえてきた。
「今どこにいるの?」
『寮の俺の部屋だけど?』
「ちょっとだけ会えない?」
『……っ!すぐ行くよ。今どこ?』
電話口からガタンとかバタンとか色々倒れたりひっくり返ったりしてる音がしてるんだけど大丈夫だろうか?
「図書室から出たところ。寮にいるなら私も戻るよ」
『じゃあ、俺も迎えに行くよ。話しながらなら入れ違いになることもないでしょ』
電話をしながら歩いていると、裏庭に入ったあたりで司が走ってくるのが見えた。
「どうしたの?こんな時間に会いたいって言ってくれるなんて」
「あのね、キスしてもいい?」
「えっ?」
びっくりした顔の司の服を引っ張って高い位置にある目を見上げる。
じわじわと顔が赤くなっていくのがちょっと面白い。
「いいけど……止まる自信ないんだけど」
「いいよ」
司の首にぶら下がるようにして顔を引き寄せて、思いっ切り背伸びをした。
唇にふに、とやわらかい感触がして、気が付いた時には熱い腕の中に強く抱き込まれていた。
ほんの少しの隙間もなくすように引き寄せられて、地面からつま先が軽く浮く。
落ちないように、離れないように。
司の後頭部に手をやれば、まっすぐな髪が指の間をさらさらとくすぐる。
少しだけ唇を開けると、一瞬硬直した後、大きくて熱い舌がそっと入ってきた。
久しぶりの司とのキスだ。
嬉しくてふわふわして自然と顔が笑う。
混ざりあうお互いの唾液にピリッと舌先に痛みが走って……血の味がした。
瞬間、勢いよく司の顔が離れていく。
「ごめん!」
見る間に色を失う司の顔を見ながら、私は薄く血の味がする二人分の唾液を飲み込んだ。
「何してるの!駄目だよ。吐いて!」
あわてる司の声。
「だいじょうぶ」
……あ、れ?ぐるぐると世界が回る。
*
目を開けると知らない部屋だった。
「……ここどこ?」
「病院だよ」
枕もとで私の手を握りしめたまま司が答える。
なんだか前にもこんなことあったなあ。
起き上がろうとして、うまく体が動かせないことに気づいた。
全身熱いし、関節がぎしぎし痛い。
……どうやら私は高熱を出して倒れているらしい。
「起きてくれてよかった……。ごめん。本当にごめん」
泣きそうな顔で司が何度も謝ってくる。
ああ……本当に心配かけちゃったんだなあ……。
「私こそごめんね」
握られている手をきゅっと握り返すと、司は唇をかんで首を振った。
「こうなるってわかってて止まれなかった俺が悪い」
「そんなことないよ。ちょっと検証急ぎすぎちゃったのが敗因」
テンション上がってそのまま来ちゃったからなあ。
「……検証って?何をしようとしてたの?」
「雪柳の能力について。
……ちょっと失敗しちゃったけど雪柳の力は解毒でいいと思う。
多分そうじゃなきゃこれくらいですまないでしょ」
目を覚ましてから、指を動かすのもつらかった熱が下がっていくのがわかる。
まだちょっと熱いけど、もう動くのに支障はなさそうだ。
「だからってなんでこんなこと……」
「だってキスしたかったんだもん」
初めてキスしてから一か月以上。
抱きしめられたり頭をなでられたりは毎日してるけど、それ以上のことは何もない。司が私の体を気づかってくれてるのはわかるけど……本当はキスくらいしたいなって思ってた。
多分それは司も同じだと思う。
「アオイも反応しなかったし本当に危なかったら誓言が反応するはずだし。
熱くらいなら平気平気。だからそんな顔しないで」
枕もとで泣きそうな顔をしている司のほっぺたを手のひらで包む。
私の体温がいつもより高いからひんやりしていて気持ちいい。
「……気持ちよくなかった?」
ふと気になって聞いてみた。
私は幸せな気持ちになったけど、普通に考えたら血の味がするキスなんて嫌だよね。
「そんなことない!嬉しかったし気持ちよかった……っ、けど……」
言葉を途切れさせて抱きしめてくる司の体は小刻みに震えていた。
「大丈夫だよ」
司の背中に手をまわしてゆっくりなでる。
……本当に。私がもう少し強かったらこんな泣きそうな顔させなくていいのになあ。
「私は司とずっと一緒にいたいし、キスだってしたいよ。そのためならこんなのなんでもないよ」
こてんと司の体に体重をあずける。
「キス……してくれる?」
聞いたら司はふれるだけのキスをくれた。
「ふふ」
思わず笑ったら、司がへにゃっと泣きそうな顔で笑った。
「大好き」
「うん。私も」
額と額をくっつけて笑う。
「熱、だいぶん下がったね」
「雪柳のおかげだね。この感じだと私の意識がある時でないと解毒できないっぽいよね。
この辺りは要検証かな」
「……もう、こんな無茶しないでよ」
「私だって頑張りたいんだよ」
「こんなこと何回もされたら心臓潰れちゃうよ」
「それは困るな」
くすくす笑いながら抱き合って、またふれるだけのキスをした。
「大好き」
「俺も大好きだよ」
……ああ本当に。もう少しだけでも強くなりたいな。
まだ不安そうな司を、笑顔にできるように。