2.彼女の知らない裏側で
「次代、こちらがこの一か月の間に彼女に嫌がらせをしようとした人間と近づこうとした人間のリストです」
生徒会の仕事が終わった放課後。
寮にある司の部屋で報告すると、リストに目を通した司が目を細めた。
「思ってたより少ないね」
「群衆が使役獣と契約したり色付きの寮に入ることに対する心理的な抵抗と、青柳家と敵対するリスクを天秤にかけた結果でしょう。青の一族と青柳家に関わる緑の一族の生徒たちが好意的なので、不満が出ないように立ち回ってくれているのも大きいと思います」
「嫌がらせの方は排除。近づこうとしたのは今のところ様子見で。……彼女は嫌がらせされてるのに気づいたりしてない?」
「その辺は問題ないと思うぜ。持ち物隠そうとしたり汚そうとしたやつらは名前と顔だけ特定して放り出してるし、不利なうわさも広がる前に鎮火済み。直接どうこうしようにも基本的にお前がそばにいるから手出しできるやついないしな」
「俺がそばにいられない間は?」
「放課後はお前といるとき以外は図書室に入り浸ってるからな。月草の言うには図書室からの帰りは気配を薄くする術がかけられてるらしいから嫌がらせしようもない感じだな」
「図書室……」
嫌そうな顔をする司に彼がため息をつく。
「図書室のあれは存在自体マズいけど、あいつから本取り上げんのは無理だろ」
「……だよねえ」
彼女の様子を思い出したのか、表情をやわらかくさせる司にもう一つの懸案事項をぶつける。
「次代、いいかげん彼女の名前を決めてください。あちこちで好きなように呼ばれだしてますよ」
「うーん……」
「自分たちだけの名前があるから気が進まないにしても、変な名前で固定されたらどうするんですか」
突っ込んで言えば、司は気のない様子でこちらに投げてきた。
「なら月草が適当に決めておいて」
「それでは瑠璃ではいかがですか?由緒ある名前ですし一目で青だとわかりますし」
「じゃあそれで」
「わかりました。周知しておきます」
「そうして」
一通りの内容が終わると、司はふうと珍しく大きなため息をついた。
「……何かあったんですか?」
何か問題でもあるのかと聞いてみると、
「キスとかしたいなあ……」
べしゃりと机の上に伸びてつぶやく。
「すればいいじゃないですか」
「だってとまれないから。魔力枯渇に近い状態でも痛みがあるんだから、通常状態でなんてケガさせちゃうよ」
「あんたのところは魔力差が激しいですからね」
「そっちはどうしてるの?」
「魔力操作して魔力を中和させてますね」
「それって俺にもできる?」
「あんたは魔力操作が壊滅的に下手なんで無理だと思いますよ。オレが横について操作すればできなくはないでしょうけど……」
「やめてやれよ。あいつが気の毒だろ」
今まで黙っていた彼があきれたように言って書類を手に立ち上がった。
「ちょっと交渉いってくる」
「ついていきますよ」
「おれ一人で行かないといつまでたっても仕事覚えられないだろ。青柳も免疫的な問題っていうんなら、見込みないわけじゃねえんだからあんまヘコむなよ」
ぱたんと扉が閉まって、なんとなく司と顔を見合わせてしまう。
「なんであの人あんな格好いいんですかね」
「俺は時々じじいと話してる気分になるんだけど」
「それ、格好いいって言ってるのと同じですよ」
「……ああ。また明日まで会えないのか……彼女に電話するからもう帰れば」
「それでは自室に戻らせてもらいます。何かあったら呼んでください」
「呼ぶことはないと思うけど」
「それでも一応ですよ。失礼します」
「うん。また明日」
「はい」
*
『悪意が存在することさえ知らせずに』
司のやりかたに彼女が不満をもらしていることも知っているけれど。
彼女には笑っていてほしいというのは、全員の共通の願いなのだ。