1.青柳家使用人たちの会話
「ねえねえ、あの群衆の子見た?」
休憩室で一緒になった使用人仲間が聞いてくる。
「次代が連れて来たときにお出迎えで見に行ったんだけど、おっさんが泣き出したからその場離れるのに必死でさぁ。……あんまり見れてないんだよね」
「あーあれね。あの坊が女連れ込むほど立派になってって男泣きしてたもんね。客間用意してたのに結局自分の部屋とか。どれだけ好きなんだっていう感じよね」
「……それにしてもすごい組み合わせだよねぇ。あんなの、ちっちゃなねずみと化け狼じゃん。力の差がありすぎて鼻息ひとつで飛びそう」
「本人はデコピンで死ぬとか言ってたらしいわよ」
「デコピンって。……やっぱ群衆って弱いなぁ。でもその弱い群衆に、化け狼まさかの完全服従体勢だけど。
全力で自分を無力化していくスタンスとか聞いたことないんだけど」
「ほんと、なりふり構ってないもんね。そのくせ最終的な力の総量はむしろ増えてるってどういうこと?」
「そこは次代だもん。ぬかりがあるわけがない。というか俺はあの髪に物申したいよ。
ほぼ黒にほぼ白って伝説の異人じゃん。願いかなえてくれんの?って感じじゃない?」
「ねずみちゃんのお願いなら全力でかなえるだろうけどね」
「まあ、あの次代にあれだけ好き勝手できるのねずみちゃんだけだからね。
この間なんて、廊下で次代がめっちゃほっぺた伸ばされながら怒られてた」
「それ次代は?」
「めちゃくちゃいい笑顔でされるがまま。んで、なんで笑ってるのってさらに怒られてた」
「ねずみちゃん最強」
「間違いない」
話していると、すっと障子があいて誰かが入ってきた。
「あ、月草。今から休憩?」
「オレの仕事は二十四時間年中無休ですよ。彼見てませんか?」
「彼って誰?」
「オレの部下の群衆です」
「ああ、あのピアスの群衆ね。今日は見てないなぁ。……居場所探そうか?」
「いえ。自分で探します」
「……群衆ってさぁ、顔見えないのはともかく名前ないの不便だよね」
「そのうち登録しますから。いい呼び名広めてくださいよ」
「自分で付けたりしないの?」
「さすがに自分で付けた名前を贈るのは、オレにはまだまだ高嶺の花ですね」
「群衆ってそのへん面倒だよね」
「もし彼を見かけたらオレが探していたと伝えてください」
すっと障子が閉まって月草が立ち去る足音がする。
「……っあー恋人欲しい」
「あなた経理の子と付き合いだしたって言ってなかった?」
「この間ふられた。あーかわいこちゃん落ちてないかなあ。今めっちゃ恋がしたい」
「あなたに必要なのは誠実さだと思う」
「俺めっちゃ誠実よ?なんでか伝わんないけど」
「そういうとこでしょ」
そろそろ休憩時間も終わりだ。
「じゃあ先行くわ」
「はいはーい」