9.エンドロールも流れない
緑川の協力であたしが姫だっていうことが公表されて、ゲームの知識としてはハーレムエンドと同じ状態になった。
ハーレムエンドでは攻略対象同士がけん制しあうから主人公は死ぬことはない。
だけどあたしは続編なんて書いてないし、この先は知らない。
ゲームの時間は終わったはずなのに、エンドロールも流れない。
一日、一日、これまでと変わらない日々が続いていく。
……どうして?ゲームの終わりまで生き延びれば、それで終わりじゃなかったの?
どうして終わらないの?
「ねえ、これいつ終わるの?」
聞いたら、黄樹は困った顔で言った。
「死んだら終わるんじゃない?」
死んだら?じゃあ死ぬまでずっとこの状態?
黒木はまだ休職中だし、攻略対象たちの態度だってラブラブとは程遠い。
もう、ここがゲームと違ってきているのは疑いようがない。
この状況で、あたしを守ってくれる人が何人いるの?
赤羽と緑川は卒業したからいい。黒木も休職してるからいない。でも、一番危ない青柳が隣のクラスにいるのよ?
頼れる知識もないのに、どうすればいいの?
泣き出したあたしを黄樹が抱きしめる。
「大丈夫。大丈夫だから」
「何が大丈夫なの?青柳が……青柳が殺しにくるのに。死にたくないよ。怖いよ……」
体が勝手にがたがたと震える。
青柳は精神異常者だ。狙った獲物は決して逃がさない。どこまでもどこまでも追いかけてきて、追い詰められて殺される。
それはどのエンドでも同じだった。だからこそハーレムエンドでは主人公が殺されないように縛りが必要だった。……そう。そうだ。こんなことどうして忘れてたんだろう。
「そうよ!完全誓言よ!」
いつだって主人公を殺そうとしている青柳は、ハーレムエンドでは主人公に一生の忠誠を誓うの。殺したいけど離したくない主人公と一緒にいるために、自分で自分を縛るのよ。
完全誓言をさせれば、青柳はあたしを殺せない。
「あ、あはは」
よかった。これで死なずにすむ。早く青柳に完全誓言をさせなくちゃ。
*
放課後、生徒会室で青柳に完全誓言をするように言ったら、青柳は笑顔を浮かべた。
「一生の忠誠?……それって俺に死ねって言ってるの?」
「そんなこと言ってないわ。ただわたしを殺さないでくれるように誓ってほしいだけよ。簡単でしょ?」
「……本気で言ってるの?」
青柳の笑顔が怖い。だけどここで負けるわけにはいかない。
「もちろん本気よ。姫を守るのは色付きみんなの役目でしょ?」
そうよ。あたしはもう姫だって公表されてるんだから。
色付きたちにとって重要なポジションにいるあたしには逆らえないはずよ。
怖くて震える指先をぎゅっと握りこんで、上目づかいで首をかしげる。
「司くんのこと大好きだから、誓って欲しいの」
「……何言ってるの。気持ち悪い」
青柳は笑顔を貼り付けたまま、吐き捨てるように言った。
「これ以上ここにいたら殺しそう。帰る」
あたしのほうをちらりとも見ないまま、生徒会室のドアを開けて出て行く。
青柳の従者も出て行って、生徒会室にはあたしと黄樹だけが残された。
ほっと息をついたら、かくんとひざの力が抜ける。
「桃花!」
倒れこみそうになったところを黄樹に抱きとめられた。
「……こ、殺されるかと思った……」
「この方法はやめよう。桃花が危険すぎる」
「……だめ。だめよ。誓言させないと殺されちゃうわ」
こんないつ殺されるかわからない状況で、ずっと過ごすなんて耐えられない。
誓言さえさせれば、青柳はあたしを殺せない。
「少しでも可能性があるのなら、何度だってやるわ。あたしはあきらめないんだから」
それがほんの少しの希望でも。
*
次の日。
もう一度、完全誓言をするように青柳に言ったら、まさかの展開が待っていた。
「君に完全誓言はできないよ。もう他の子に捧げちゃったからね」
……青柳の言葉が理解できない。
完全誓言は一生涯でひとりにしかできない。それを他の誰かに……?
「はあっ?誰にそんなことしたのっ!」
「言う必要ある?」
青柳が笑う。
「誰でもいいわ!今すぐ殺しなさい!」
相手が死ねば完全誓言は無効になる。早く殺して完全誓言をさせないと。
「それは無理だよ。一生涯殺さないし殺させないって誓ったから。それでも殺せって言うなら先に俺が相手になるよ?」
笑顔さえ消した青柳が、あたしを殺しにやってくる。
恐怖で声さえ出ない。
殺されることを覚悟したそのとき、赤羽があたしと青柳の間に入ってきた。
後ろから黄樹に引っ張られる。
「もうやめよう」
耳元でささやかれるけど、ここで止まれるくらいならもうとっくに止まってる。
ここであきらめるなら、今までしてきたことはなんだったの。
「さっきからなんなのよ!あたしを殺す気?さっさと相手を殺して誓言しなさいよ!」
「……誓言なんかなくても自分の身くらい自分で守れるでしょ」
それができたらこんなことになんかなってない。
「いつ殺されるかもしれない怖さなんてあんたにはわからないのよ!」
「だから何?」
「あたしは死にたくないの!絶対に殺されたりしないんだから……!」
叫ぶのと同時に涙が出てきた。
あたしにもっと力があれば、こんなことにならなかったの?
魅了の力なんてなんにも役に立たない。
あたしはどうすればよかったの?
「もういいから行こう」
黄樹があたしを抱きしめてくる。
涙がとまらないあたしは、そのまま生徒会室の外に連れ出された。
「妻紅は……休学させたらどうだ」
「そんなことしたら長老どもに連れて行かれるよ」
「だがもう限界だろう」
「……」
「ここに置いておくのが妻紅にとっていいことだとは思えない」
「……うるさいな!じゃあどうしろっていうのさ!」
赤羽と黄樹の会話が遠くに聞こえる。
「青柳の誓言相手を殺せばいいんでしょ。そうすれば青柳が死んで桃花は助かる」
「黄樹!正気に戻れ!」
赤羽の大きな声がびりびりと響く。
だけど、あたしは黄樹の言葉の方を聞いていた。
青柳の誓言相手を殺せば。そうすればあたしは助かるの?
暗闇に差し込むひとすじの光のように、黄樹の言葉はあたしに力をくれた。
そうだ。まだできることはある。
*
寮に帰って、自分の部屋のベッドに座って使役獣を呼び出す。
不思議な力を持つ赤い小鳥。
「青柳の完全誓言の相手を殺して」
命令した瞬間、すさまじい激痛が体中を襲った。




