8.姫
彼女が隣のクラスに怒鳴り込んでいった一件以来、急に緑が彼女に協力的になった。
休職中の黒木まで引っ張り出してきて、姫の証の解放をお膳立てする。
「何考えてるの?」
「何って?僕は彼女に退場してもらいたいだけだよ」
緑は酷薄に笑う。
彼女が本物の姫だとわかれば、黄の長老どもはなんとしてでも手に入れようとするだろう。
彼女は良くて幽閉、悪ければ手足の腱を切られて一生ベッドの上で生活することになる。
こんな簡単なこと、緑が気づいてないはずがない。
姫だと公表されれば死ななくてすむと喜ぶ彼女に何も言えずに、ボクはただ良かったねと言って笑った。
最後まで抵抗していた黒木も彼女にキスをして、とうとうボクが最後の一人になってしまった。
爪の先に口をつけるだけでもいいと言われていたけど、ボクは彼女のひび割れた唇に唇を重ねた。
花びらの最後の一片が彼女の手首に刻まれ、五色の花が次々に咲いて彼女の手首から肩まで這い上がる。
間違いなく『姫』だ。それがわかってもボクは彼女のようには喜べない。
とめることもできずに彼女が姫であることが公表され、黄の長老どもからは早く彼女を引き渡すように催促が矢のようにやってくる。
手紙や電話は一切無視し、やってきた使者は記憶を消して送り返す。
この学園に在籍しているかぎり、外部からは手が出せない。
万が一のことを考えて、彼女には学園外に出ないように言い含めた。
*
死ぬ恐怖がなくなって彼女はよく笑うようになった。
ボクは彼女を名前で呼ぶようになった。
昼食を一緒にとりながら、たわいない話をする。それだけでも満たされた気分になるのが不思議だった。
だけど、進級して五月になる頃にはまた不安定な様子が増えてきた。
どうしてゲームが終わらないのと桃花は泣く。
青柳は桃花にとって死の象徴らしい。
青柳がいるかぎり、桃花は死の恐怖に怯え続けることになる。
……あの化け物に正面から挑んでも勝ち目はない。
どうにか排除できる方法はないだろうか。
*
「そうよ!完全誓言よ!」
一緒に昼食を食べている時に、突然桃花が立ち上がって叫んだ。
「とりあえず落ち着きなよ。それで完全誓言がどうしたの」
桃花を座らせて話を聞く。
どうやら桃花の頭の中では、青柳は本来なら完全誓言で忠誠を誓っているらしい。
忠誠なんてあの化け物が誓うとは思えないけど……ああでも悪くないかもしれない。
完全誓言は命をかける、絶対の誓約だ。
誓言さえさせてしまえば逆らえなくなるし、誓言に反すれば命を落とすことになる。
成功するかはわからないけど、うまくいけば力の差なんて関係なく青柳を殺せる。
「いいかもしれないね」
試せることは何でも試してやろう。
どうせボクたちには後がない。桃花が卒業してしまえば黄の一族からは逃れられない。
せめてこの一年だけでも、桃花の笑顔を守りたい。
『色とりどりの世界』20話に対応しています。
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