6.バカバカしい
生徒会に連れて行って欲しいと言ってきた日からずっと、バカ女は放課後になるとボクの教室にやってくる。生徒会室は部外者立ち入り禁止だから、役員と一緒じゃなきゃ入れないからね。
青柳の好感度を上げるとか言いながら、明らかにうっとうしがっている青柳に絡んでいく。
ボクからすればバカバカしいの一言だ。
「こ、怖い。殺されるかと思った……」
生徒会室の外に出て蒼白な顔でがたがた震えながら、ボクの腕をつかむ。
制服がしわになるからやめてほしいんだけどな。
だけどまあ、好きにさせておく。
「怖いならやめればいいのに」
「そ、そういうわけにはいかないのよ」
バカバカしい。死にたくないって言いながら死に急いでいるようにしか見えない。
そうして日々が過ぎて、十二月に入った頃からバカ女の様子がさらにおかしくなってきた。
「ど、どうしよう……もう時間がない……」
「何がさ?」
とりあえず聞いてみると、バカ女の頭の中では二十四日のクリスマスパーティーまでに青柳の好感度が上がっていないと、問答無用で殺されることになっているらしい。
……今の時点でも充分殺されそうだけどね。
近づけば近づくほど青柳の機嫌が悪くなることは、バカ女も気づいているはずだ。
それでも近づき続ける意味がわからない。
死にたくないなら寮から出ずにふとんでもかぶってればいいのに。
*
そして、バカ女の言うところの運命の日が明日に迫った日。
バカ女は放課後になってもボクの教室に来なかった。
今日は明日のクリスマスパーティーのための準備があるから、講堂に行かなくちゃいけない。
少し考えて、回り道をしていくことにした。
二階のバカ女の教室をのぞくと、バカ女は自分の席に座ったままがたがた震えていた。
近づいて手を取る。
そう大きくないボクの手でも余る手首の細さに、やせたな、と思う。
「行くんでしょ」
「い、い、行くわよ。がんばるって決めたもの」
その無駄な頑張りなんてやめればいいのに。
講堂に近づくにつれて足取りが重くなるバカ女の手を引いて、講堂の扉を開く。
「毎日毎日部外者連れ込まないでくれる?」
貼り付けたような笑顔のまま苛立ちをぶつけてくる青柳に、
「うるさいな。化け物は黙ってなよ」
苛立ちのまま言い返す。
「青柳の言うことも一理ある。今日は明日の準備で忙しい。構っている暇はないぞ」
赤羽が間に入るように言ってくる。
……面倒くさい。うんざりとため息をつきつつ答える。
「彼女は手伝いの有志。これでいいんでしょ」
「……まあ、そういうことなら追い返す理由はないな」
赤羽が偉そうに言っている途中で、バカ女が青柳に向かって走り寄った。
ガツンと痛そうな音がする。
青柳の従者に投げ出されて床に座り込んだまま、バカ女は自分の手首を見て笑い出した。
「好感度上がってないと思ったけどちゃんと印出てるじゃない」
……唇切れて血が出てる。あれ、腫れてきてるんじゃないの。
思っているうちに青柳がバカ女を殺そうと殺気を噴き出した。
その瞬間、青柳の従者が青柳とバカ女を小規模な結界で包んで弾き飛ばした。
多分、重ねて作った術同士を反発させて無理やり飛ばしたんだろう。飛ばされた相手には相当な衝撃があるはずだ。化け物は気にしないだろうけど、普通の女子にやるようなものじゃない。
月草が特別教室棟の方に向かったから、バカ女は逆側に飛ばされたんだろう。
グラウンドの端から探していくと、バカ女は植え込みの中に仰向けに倒れたまま、笑いながら泣いていた。
「あ、あたし生きてる?」
「あーはいはい。生きてるよ」
植え込みの中から引きずり出して、涙でグシャグシャの顔をハンカチでふいてやる。マスカラだのアイシャドウだのが取れてひどいありさまだ。
……きったない顔。
唇から垂れた血はもう乾いていてハンカチではうまく取れない。
従者に手を出して二枚目のハンカチを受け取り、バカ女の手を引いてグラウンド横の手洗い場まで移動する。
水にぬらして、軽くしぼって、こびりついた血をふいてやる。
「あげるからしばらく冷やしてなよ」
「ありがとう」
「……そんなに怖いなら近づかなきゃいいのに」
「だって青柳と黒木だけは落としとかないと確実に死ぬもの。でも、ほら見て!印が出たわ。シナリオはちゃんと進んでるのよ」
理解できない言葉をわめきながら手首の内側を見せてくる。
血管の浮き出た白い手首に青い花びらのようなものが見えた。
「ふうん。これが姫の証?」
「五人分全部が揃えばあたしが姫だってわかるようになるの」
瞳孔が開きっぱなしの目で、浮かされたように話されても妄言癖があるようにしか見えない。
……バカバカしい。全身傷やあざだらけで何言ってるの。
「やめればいいのに」
口からこぼれた言葉は誰にも届かず落ちて消えた。
「とりあえず保健室行くよ。早く来なよバカ女」
彼女の細い手首を引っ張って、保健室に急ぐ。
今は気づいてないみたいだけど落ち着いて痛み出す前に、痛み止めを飲ませておかないといけない。
本当にこの女はバカなんだから。