5.うまくいかない
もう夏休みが終わってしまった。
ゲームの時間の三分の一が過ぎたのに……イベントが、全然起きない。
何が悪いのか、何が違うのかわからない。
記憶にあるシナリオ通りにしているのに反応が違う。
もしかして記憶が違うの?それともここがゲームそのものじゃないの?
……わからない。違うとしたらどの時点から違っているのかもわからない。
もしかして最初から?やり直しもできないのに?
選択肢を間違えれば死ぬのに、答えがわからない。
「怖い。怖いよ……」
学園の階段下の薄暗い空間で小さくなって耳をふさぐ。
いっそこのままエンディングがきてくれればこんな思いはしなくていいのに。
「……なんで、なんでうまくいかないの?」
「何が?」
突然声をかけられて驚く。
……なんでこんなところに黄樹が来るのよ?こんな階段誰も使わないでしょ!
「何がうまくいかないのさ?」
うまくいかないっていうなら全部だ。
わからない。わからない。何が正しくて何が間違っているのか。あたしにはもうわからない。
「攻略対象だし……でも、もう……」
わらにもすがる気持ちってこういうことを言うんだと思う。
このひどい状況を誰かに聞いて欲しかった。
あたしはこのゲームの記憶が戻ってからのことを黄樹に全部ぶちまけた。
途中から涙がとまらなくてしゃくりあげていたら、黄樹がハンカチを差し出してくれる。
「あっ、ありがとう……」
誰にも言えなかったことを話せたから、少しは落ち着いた。
無理やり深呼吸をして考える。
あたしのこの知識は間違ってるかもしれない。
だけどこれしか、あたしにはすがるものがない。
だってもうここまでやってきてしまった。
もしかしたら、この先ゲームと同じ展開にならないなんて誰が言えるの?あたしはこの先を知ってる。少なくともゲームの世界で起こることは。
知ってる未来を防ぐための行動を取らずに、ゲームと同じ結末を迎えてしまったらきっとあたしは後悔する。
できることはあったのにって。
だからもう少しがんばってみよう。
涙をふいて、黄樹にお願いをする。
「あたしを生徒会に連れて行って」
黒木は会えないから仕方がないにしても、せめて青柳の好感度は上げておかないとそろそろ殺される。学園崩壊エンドも怖いけど、このまま黒木が休職するなら術の中心は黒木の家になるはずだ。それなら学園は巻き込まれずにすむ。
「まあべつにいいけどさ。とりあえずその顔洗ってきなよ」
黄樹があきれたように言う。
……そう。そうよね。こんな顔じゃ好感度は上げられないわよね。
あたしはこのゲームの主人公なんだから。
できることを、するんだ。