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一周年記念SS クッキーを作ろう!

活動開始一周年の記念に書いたものです。

使役獣についての軽いネタバレを含むので、気になる方は『その後の話』の3話くらいまで読んでからの方がいいかもしれません。


「お世話になってる人たちにプレゼントがしたい?」

 休み時間にいつもの男子に相談を持ちかけたら、不思議そうな顔で聞き返された。

「うん。調べものとかでお世話になってるから。

 ……群衆が色付きにプレゼントとかってあんまりよくなかったりする?」

 私の常識と群衆としての常識がずれてることが時々あるからこういう確認作業は結構大切だ。

「まあ、いいんじゃね?……で、何にすんの?」

 聞かれて、図書室で見つけた本を差し出す。


『簡単!3ステップで誰でもできるクッキー』


「これならできそうかなって。それで、料理ができそうなところって知らない?」

 家庭科室なんて学園内にはなかったし、さすがに食堂の調理場を貸してほしいって言うほどのことでもない。そもそも貸してほしいとか言っていいものなのかもわからない。

「……普段料理なんかすることないからなあ。でも時々焼き菓子とか差し入れてくれるやつらはいるから、どっかではできるだろ。ちょっと聞いてみるわ」

「うん。お願い」

 物知りで頼りになる男子にお願いして、その放課後。


「それでは各自ケガのないよう気を付けて頑張りましょう」

 月草さんの言葉とともに向かう机の上には三つの大きなボウルと小麦粉バター砂糖に卵、牛乳なんかの食材とヘラや泡立て器などのクッキー作りに必要な材料が並んでいる。

 そしてなぜか、エプロンを付けて頭にバンダナを巻いた月草さんと男子の姿がある。

 しかも机の端には座ったままにこにここっちを見てる司までいるし。

 ……なんでみんなでクッキー作ることになってるんだろう?

 思わず男子の方を見て首をかしげたら、どうした?って不思議そうな顔で聞かれた。

 うーん……まあいいんだけど。

 二人とも大丈夫なのかな?男子は料理なんかしないって言ってたし、月草さんも料理してるイメージがないんだけど。……いや、意外と仕事の一環とかでさくっと作っちゃえるんだろうか。

 私は小学生くらいの時に作ったことくらいしかないから実は不安なんだけど。

 まあ、本を見る限り簡単そうだし、食べられるもの使ってそうそうひどいものもできないだろうし大丈夫だろう。

 まずは材料を量るところからだね。

 ……えーと風袋引(ふうたいび)きってどうやるんだっけ?先にお皿の重さだけ量ってその分だけ後から引けばいいの?あと、バター結構固そうなんだけど。包丁で切れるかなあ……?


        *


 クッキーを作れる場所を探してほしいとあいつに頼まれたおれだが、早々に困ることになった。

 べつに学園内に作れる場所がなかったわけじゃない。

 よく差し入れをくれるやつに聞いたら、晩飯が終わった後なら寮の台所を借りられるし、調理器具も自由に使っていいってところまではわかった。

 ……ただ、あいつは群衆なのに使役獣と契約したせいで中途半端に色付き扱いになってるんだよな。

 そのせいで、群衆用の寮には立ち入り禁止になっている。

 色付きが群衆の寮に自由に出入りできたら危なくて仕方ないから、規則自体はありがたいんだけどなあ。


「……なあ、月草。あいつがクッキー作りたいらしいんだけど、あいつでも作れるところってどこかないか?」

 昼休みにコロッケパンをかじりながら青柳家の書類を内容ごとに分類してる途中に聞いたら、山盛りの書類を流れるように処理していた月草のペン先がぴたりと止まった。

 口にくわえていた一口サイズのサンドイッチをしっかり噛んで飲み込んだ後で聞いてくる。

「あなたも一緒に作るんですか?」

「あーそうだな。……まあ、できるなら」

 いつももらい物には買ってきたものを返してたけど、たまには手作りもいいだろう。

 それに、あいつ一人だけで何かさせると時々斜め上のことをやらかすからな。見ておく方が無難だろう。

「……わかりました。手配しておきますね。放課後でいいですか?」

 少し考えた後で月草があっさりとうなずく。

「ちなみにどこ?食堂借り切るとかじゃないんだろ?」

「色付きの寮には誰でも利用できる調理スペースがあるんですよ。

 主によっては突然夜食を作るように命令されることもありますからね」

「ああなるほど。そういうやつな」

 従者ってのはどこでも大変らしい。

「材料も多めにストックしている人間から買い取っておきます。

 生徒会の仕事も最近は多くありませんから、五時くらいには終わると思います」

「……って、お前も作んの?」

「経験はありませんが、一度やってみようかと」

「ほどほどにしとけよ。お前ただでさえ仕事しすぎなんだからな」

 今でも仕事量多いのに菓子作りまで始めたら普通に過労死しかねない。

「大丈夫ですよ」

 月草の大丈夫は信用できないからなあ……。


        *


 そして放課後。

 よく考えたら男子寮に女子は入れないはずなんだが、月草が何か裏技を使ったらしく一時間半という制限付きで許可が下りたらしい。

 なぜかついてきた青柳もいる中でクッキーづくりが始まったわけだが……。


「なんか混ぜても混ぜても粉っぽいんだけど」

 そう言うあいつのボウルの中身は、ちらっと見ただけでもわかるくらい小麦粉の固まりがごろごろしていた。

「……オレの方はまったくまとまらないんですが」

 困惑したような月草の声に振り返ればなぜかペースト状の黄色っぽい物体がボウルの側面から底面までべったりと付いている。

「これ借りるよ」

 なんかもう、この時点で嫌な予感しかしないんだが。

「あ。これ、月草さんのと混ぜればちょうどよくなるんじゃない?」

「待て待て待て!」

 明らかにそれはマズいだろ!

「お前はぐるぐるかき回してないで固まり一個一個潰してけよ!

 月草はもう、型で抜くのはあきらめてこっちのページにあったドロップクッキーにすればなんとかなるんじゃないか?」

「余ってるの持っていくから」

 そういうおれのボウルの中身も固くなったり緩くなったりを繰り返して最初の二倍くらいの量になっている。

 ……なんでいい固さにならないんだろうな。仕方ないからもうちょい牛乳足してみるか。


 あれこれありつつなんとかクッキーの生地をバターを塗った天板に並べて、熱しておいたオーブンに入れる。

 とりあえず、あとは焼き上がるのを待つだけだ。

 焼き上がるまでの間に、惨状と呼んでもよさそうな状態の机の上と使った調理道具を全員で片付ける。

 ……まあ、美味しそうなにおいはしてきてるから大丈夫だろう。多分。


        *


 オーブンが出来上がりを知らせてきて、扉を開けたとたん私たちは「うっ……」とうめくことになった。

 ……明らかに焦げ臭い。

 見てみると、焦げ臭さの正体は月草さんが作ったクッキーだった。山型になった上の部分全体がかなり濃い焦げ茶色になっている。

 その隣にある私の作ったクッキーは、逆に白っぽくてあちこちヒビが入ったり欠けたりしている。

 私たちのクッキーが乗っていた上の段の天板を取り出すと、下の段の男子が作ったクッキーが見えた。

 今回使わせてもらったのは結構大きいオーブンなんだけど、男子の作ったクッキーは思っていた以上に多かったので二枚目の天板を丸々使うことになった。

 男子が作ったクッキーは、なぜか全部とけて天板いっぱいに広がっていた。

「なんっ……だこれ」

 両手にミットをはめた男子が天板を傾けるとクッキーは、ゆっ…くりと下に向かってたれていく。

 固体でも液体でもない謎の物体が誕生してしまった。

 しかも一部はあふれてオーブンの底面にたまっている。

 ……これは後片付けが大変そうだ。


 とりあえず、各自しばらく置いて冷ましたクッキーを食べてみる。

 持っただけでもわかる固さ。口に入れると何とも言えない粉っぽさが広がる。

「かたい……じゃりじゃりする。あ。粉のかたまり出てきた」

「中の方がねちょっとしてるんですが。表面がこげているのに生焼けってありえるんですか……?」

「おれのはもう食べ物ですらないだろ」

 多少の不安はあったけど、まさか三人そろって全滅は予想していなかった。

 これ……どうしよう。

 頑張れば食べきれなくもなさそうだけど、お腹を壊しそうだ。

「……あ」

「どうした?」

「私が契約した雪柳なんだけど、他の人にも効果があるのかわからなかったんだよね。

 これ食べてみてお腹痛いの治せたら、他の人にも効果あるってことになるよね!」

「……って、おい。なに『いいこと思い付いた!』みたいな顔で人を実験台にしようとしてんだ」

 解毒なんて検証が難しいから、これで効果があれば活用の幅が広がると思ったんだけど。

 そっか。たしかに実験台になっちゃうよね。

 謝ろうとしたところで、

「……わかりました。もしもの時にはよろしくお願いします」

 何かを覚悟した表情の月草さんが軽く頭を下げてきた。

「ちょっ、待て!こっちはこっちでなんで一番ヤバそうなおれのに向かってスプーン構えてんだよ。そもそもクッキーにスプーンって時点でおかしいからな!

 ……くっそ!どいつもこいつも突っ込みどころが多すぎて突っ込みが追っつかねえよ!」

「こんな感じかな」

「ってか、青柳はさっきから後ろで何やってんだよ」

「見てたらできそうだったからやってみた。

 オーブンは空きそうになかったからフライパンで作ったけど」

 そう言って司がお皿に乗せて持ってきたのは丸くて薄いクッキーだった。

 フォークで刺したらしい穴がいくつかある以外は、どこから見ても普通のクッキーだ。

「うまくできたと思うんだけど、食べてみて」

 司はお皿の上の一枚をつまんで私の口元に持ってくる。

 バターのいいにおいにつられて口を開くと、ちょうど一口大のクッキーが口の中に入ってきた。

「あ。おいひい」

 粉っぽくもなくサクサクで、バターの風味が効いている。

 ……普通においしい。

「よかった。君が作った分は俺が全部食べるから、代わりにこれ食べて」

 クッキーが乗ったお皿を渡してくると、司は私の作った失敗作のクッキーを嬉しそうに口に運ぶ。

「え、ちょっ、ゴリゴリ言ってるんだけど。それ固いし粉っぽいし、粉のかたまりも入ってるしやめた方が……」

 止める暇もなく次々にお世辞にもおいしいと思えないクッキーが司の口の中に消えていく。

 あっけにとられて見ている間に、クッキーはきれいになくなってしまった。

「また作ることがあったら俺にくれると嬉しいな」

「ええぇ……」

 これって後からお腹痛くなったりしない?

 司はこういうの平気なんだったっけ……?

 呆然としていると、月草さんと男子の会話が聞こえてくる。

「もうやめとけよ。こんなん食い物じゃないって」

「もっさりしたプリンだと思えば問題ありませんよ」

「問題しかないだろ……。

 大体、もっさりしたプリンって言葉がもうおかしいからな?」

「まだ……まだいけます」

「いいかげんにしろ!お前が倒れたら仕事進まないだろ!」

 男子が月草さんの目の前にあった天板を強制的に撤去していく。

「お前が作った分は火を通し直せばまだいけるだろうけど、おれのは駄目だ」

「そんなもったいない」

 月草さんの言葉を無視して男子は半分くらい残ったクッキーをごみ箱に捨てようとする。

「……貸して」

 ため息をついた司が男子から天板を取り上げて、中身を大きなフライパンの中にどさどさと入れていく。

 フライ返しで細かく切って上から押し潰して薄く平らにして、しばらく焼いてひっくり返す。

 どうでもいいけどなんでそんなに手際がいいんだろう?

「司って普段料理とかするの?」

「しないよ。汁物とか鍋とか温めなおすくらいはするけど」

 両面をパリパリに焼いて、フライパンにお皿を乗せてひっくり返せばきつね色の大きなおせんべいみたいなものができあがった。

「中途半端に生なのが問題なんだからこれで食べられるんじゃない?味が足りないなら足せばいいし」

 言いながら出来上がったものにぱらぱらっとグラニュー糖をかけると、もうクッキーとは別物だけどこれはこれでおいしそうに見える。

 ……ほとんど料理しないのになんだかずるい。



「とりあえずおれらは料理はやめとこうぜ。

 菓子ならいい店知ってるから連れてってやるよ」


 ため息まじりに男子が言った言葉に深く同意だ。

 無理をして微妙なものを渡すよりおいしいものを買っていった方がいい。

 それがわかっただけでも収穫、かな。

読んでくださって本当にありがとうございます!

これからも頑張っていきますので、また読んでくださると嬉しいです。

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