45.その後の二人
怒涛の三連休が終わって学園に戻ってきた私たちだけど、大きく変わったことがひとつある。
今までいた寮から移動することになったのだ。
色付きと群衆は違う寮なのだが、色付きの寮に特例で移ることになった。私が使役獣と契約したので、他の群衆を私から守るためらしい。
……まあたしかに。使役獣の力は全部私の防御力に回ってるらしいけど、そんなの外から見ればわからないし。『力は群衆と変わりません』『術も使えません』と説明して回ろうにも、なぜだか司にはそれについては言わないようにと念を押されている。
結局、色付き用の女子寮に移ることになった。
それにしてもさすが色付き用の寮は違う。
冷暖房完備、全部屋個室で部屋ごとにお風呂まで付いている。
ここからさらに自分の趣味で改造をほどこすこともできるらしい。
……寮を出る時には原状復帰しないといけないらしいけど。
腰まである赤い髪が特徴的な寮長さんと引き合わされ、司と並んで『よろしくお願いします』と言ったときの彼女の顔は驚愕の一言だった。
群衆が使役獣と契約したことに対してなのか、司が頭を下げたことに対してなのかはわからない。
寮を移って数日経つが、予想していた『群衆風情が色付きと同じになったと勘違いなさらないで』とか『ちょっと校舎裏に来てくれる?』とかいうことも起こっていない。
むしろ基本的には話しかけられることもなく遠巻きにされている。
群衆の寮でやっていた掃除当番とか備品当番も回ってこない。
他の人はやっているみたいなので寮長さんに聞いたら、私は途中入寮なので当番の空きがないらしい。
……掃除当番くらいは回ってきてもいいと思うんだけど。
*
身支度を整えて教室に行けば、いつも私より早く着いている司が出迎えてくれる。にこにことうれしそうな顔で軽く抱きしめて私の髪をふわふわとなでる。
色が変わった私の髪はミルクティーみたいな色に、ひとすじだけビターチョコみたいなほとんど黒に近い茶色が入っている。
個人的にはおいしそうな色になったなあ……と思う。
隣り合った席について、お返しに司の髪をくしゃくしゃっとなでたら胸を押さえたまま机の上に倒れこんだ。
机の天板に散らばる司の髪は濃紺からごく薄い青へのグラデーションで、髪がもう少し伸びて毛先の白い部分が増えたらカキ氷みたいになると思う。食べたら舌が青く染まる感じの。
冷たそうな色なのに、さわると冷たくないのが不思議でついついさわってしまう。
追加でもう二、三回なでたら嬉しそうにゆるんだ目で頭を押し付けられた。
……本当に頭なでられるの好きだなあ。まあ、このさらさらの手触りは好きだからいいんだけど。
午前中の授業が終わったらいつものテラス席で日替わり定食を食べる。
司って箸使いがきれいだよなあと思いながら食べていたら、後ろに控えていた月草さんが話しかけてきた。
「黄樹の処分が決まりましたのでお知らせします。今回の件に関しては突発的な出来事だったことと、次代自身にはかすり傷さえ負わせられない攻撃だったため、厳重注意にとどまりました。申し訳ありません」
月草さんは本当に申し訳ありませんと謝ってくれるけど、群衆を殺しかけたって言っても普通のことだからこれ以上は難しいだろう。司自身、群衆を山ほど殺して何のペナルティーもないわけだし。
「ただ、黄樹自身から自主退学の申し出が出ています。近日中に妻紅を伴って学園を去る意向のようです」
妻紅……ピンクちゃんも一緒なんだ。
二人の間に何があったのかはわからないけど、一緒にっていうことは悪い関係ではないんだろう。
前に見かけたときはだいぶんメンタルがやばそうだったから、学園から離れて落ち着くといいなと思う。
*
日替わりを食べ終わって、いつものミルクティーを飲んでいるときにふと気になって聞いてみた。
「そういえば司も誓言の証って紫陽花なの?」
「うん。そうだよ。見てみる?」
躊躇なくシャツを脱ごうとするからあわててとめる。
「……なんで紫陽花なんだろうね?」
特に好きって言うほどでもないし、二人で紫陽花を見たとかいう記憶もない。
「多分それだと思う」
司が指したのは私がいつも飲んでるミルクティーのパッケージ。
そこに青色の紫陽花の花が咲いていた。
「ええ?そんな話?」
「うん。俺にとってはすごく印象深いから」
「そうなの?」
まだまだ知らないことはたくさんあるようだ。
「ところでさ、また何かしてるでしょ?」
「……うん?」
司は笑顔のまま首をかしげる。
……ああすごく嬉しそう。
「私が知らないほうがいいことなの?」
「うん。知らなくていいこと」
「無理や無茶はしてない?」
「全然してないよ」
「本当に?」
「本当に」
今回は本当に司自身が何かをしてる感じではないけど。司が私を優先して自分のことはどうでもよさそうに扱うのだけは何とかしたい。
……この間、和子様から教えてもらった方法を試してみようか。
「ねえ、私のこと守ってくれるなら、一緒に私の大切な人のことも守ってくれない?」
「……いいけど。それ誰?」
じわりと不機嫌をにじませる司をまっすぐに指す。
「私の大切な人は司。……司に何かあったら私は泣くよ。
私のこと守ってくれても、司が傷ついたり苦しかったりしたら私は悲しい。何の手助けもできない自分が嫌になるし、支えにもなれないのかって苦しくなる。
苦しくて悲しくてずっと泣くよ。幸せになんかなれないよ?」
「ええ?それは駄目だよ」
「私が大切だって言うなら、司自身も大切にして。体は強くて傷つかないかもしれないけど、疲れたり心が傷ついたりはするでしょう?いくら私が守りたくても、司自身がどうでもいいって無茶したら守れなくなるよ」
いつの間にか片付けられて広くなった机の上に身を乗り出す。軽く手招きすると司も同じように身を乗り出してくれた。
近くなった司の両頬を手のひらではさみ込む。
「司が苦しくなくて、笑っていられるのが私の幸せ。……守ってくれる?」
まっすぐに司の目を覗き込む。光が入ってきらきら輝く、私が一番好きなその瞳。
「大好きだよ」
手のひらにはさみ込んだ顔を引き寄せてそっと鼻の頭にキスをする。
「……っ!」
耳まで赤く染まった顔で、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
「嬉しくて幸せで心臓が壊れそう。俺もうどうしたらいいの?」
「……とりあえず落ち着くといいと思う」
机をはさんで向かい合っていたのに、思いっきり引き寄せて抱きしめられて机の上にひざが乗りそう。とりあえずこの不自然な体勢を何とかして欲しい。
ぱしぱしと司の腕を叩くと、気づいて私を抱き上げてくれた。
……抱き上げる?今あっさり机が私の足の下を通過したけど。え?
ほぼ腕の力だけで私の体を引き寄せてそのまま司の腕の中に閉じ込められた。私のお尻の下にあるのはかたくてしっかりした司の足だ。
……これってひざの上で横抱きにされてる状態では?
「俺も大好き。頑張るから、ずっと一緒にいてね」
「私の大好きな人もちゃんと守ってよ?」
「……鋭意努力します」
うーん、これは伝わりきってないな。まあこれは司が実感できるまで何度でも伝えていくしかないんだろう。
これからの人生全部があれば伝わる……かなあ?
まあそれはやってみないとわからない。お互い死ぬまでは時間はあるんだから。
……まあとりあえず。
「ちょっと、そろそろ授業始まるから放して」
「離れたくない。このまま教室まで行けば問題ないよね」
「問題あるわよバカ!お姫様抱っこで教室入場とかみんなの視線が痛すぎるわ」
「視線が嫌なら殺そうか?」
「そういうことじゃない!」
この人と過ごす日々を、積み重ねていけたらいいな。
この話を『遠くから見つめてくる女子に気づいた男子が恋をする話』とまとめると嘘になります。
どうも初めまして雨森琥珀です。
後日談などいくつかあげる予定ですが、とりあえず一応完結です。
予想外の台詞や展開が飛び出して、予定していたものとは大分雰囲気が変わりましたが、なんとか完結までたどりつきました。
本当にここまで読んでくださった皆様のおかげです。
書いている途中はこわくて感想をもらえませんでしたが、感想欄を開きましたので感想、評価いただけると嬉しいです。
自分の興味があること以外気にならない二人だったので、二人の視点では書ききれなかった裏側を『色とりどりの世界』にのせていきますので、よかったらこちらもどうぞ。




