44.従者のよろこび
「じいさんがいるところで無茶するやつもいないだろ。なんかあったら青柳が全力でフォローするだろうしな」
という言葉に背中を押されて手配した完全誓言の儀は無事終わり、酒宴もそろそろ終わりを迎えようとしている。
普段なら司が何をしても大丈夫なように準備万端整えて臨むので、今回のように相手に任せる博打のようなやり方は初めてだった。
先ほど見た光景を心中で反芻しながら、今日が無事終わりそうな気配にほっとしていると、前方からゆったりと歩いてきた人物に声をかけられた。
「やあ、月草。今日はご苦労だったね」
「護様」
やってきたのは司の兄、青柳家の長男である青柳護だ。
「司が見当たらないからこっちに来たよ。俺はそろそろお暇するね」
見上げるような長身から降ってくる少しかすれた低い声。
司とは年の離れたこの人は、普段は青年実業家として世界中を飛び回っているため会合に参加することも少ない。
「本日はお越し下さりありがとうございました」
「ちょうど予定があいていて良かったよ。まさか司が群衆を選ぶとは思ってもいなかったね。先代もお気に入りみたいだし。……そんなに面白い子なら俺も欲しいなあ」
「冗談でも彼女に手を出すのはやめておいたほうが賢明ですよ。今の次代は地の果てまでも追い詰めて殺しますから」
「それは怖いね。儀式中も威嚇していたものね。普段はあんなもの気にも留めないから驚いたよ」
「今回のことで敵対者の顔は全員覚えたでしょう。今後しかるべき処置をしていくことになると思います」
「今まで顔さえ判別していなかったのに?なかなか本気だね」
「ええ」
「そういえば彼女の名前は何って言うんだい?」
「群衆ですので彼女に名前はありません」
「さっき見かけたとき髪色が変わってたから使役獣と契約したんだろう。名前がないはずはないと思うけど?」
この人は酒宴の場から離れていなかったはずだ。配下の者に探らせていたのだろうが、あいかわらず油断のならない方だ。
「本当に、公表されている名前はありませんよ。二人きりの時は何か呼んでいるようですが。こちらも後日、決まり次第お知らせすることになると思います」
「二人だけの名前、ね。司もずいぶんロマンチストだね。そんなことしても隠せは……いや、群衆なら可能なのか。元々戸籍がないものね。
……まるで魔除けだね。本当の名前がわからなければ呪いも届かない。
ふふ、司はずいぶんと本気だね」
「ええ。見ていて時折ぞっとするほどに」
「愛や恋なんてそんなものだろう?狂おしくなければ何のためにするのかわからない」
司に似た端正な顔でうっとりと笑う。さすが恋人のために跡継ぎの座を捨てた人は言うことが違う。
「跡継ぎなんて面倒なものは司に任せるよ。彼女との時間を邪魔されたくないからね。……もし今後、群衆を重用することで青柳家が割れるようなら力添えをしてあげてもいいよ。あの司なら面白そうだ」
「ご厚情痛み入ります」
頭を下げれば、護様はひらひらと手を振って去っていった。
*
宴もつつがなく終わり、片付けも済んだ夜半過ぎ。
自室の布団に倒れこんで、頭から掛け布団をしっかりかぶる。
「っ……っあーきゅんきゅんしたー!」
先ほど見た司と彼女の様子を思い出して、自然と顔がにやける。
以前青の一族は恋愛至上主義だと言ったが、オレにももちろん青の血が流れている。
従者の職は激務だが、青の一族では人気が高い。従者の何が魅力かといえば、主の恋愛を間近に見られるということだ。
主のデートをセッティングしたり、恋愛相談に乗ったり自分も関わった恋愛が成就したときの達成感たるや!
司が恋愛なんてしそうにない主だとわかったときは、オレの人生詰んだと絶望したものだ。それがどうだ。まさかの展開。
こういう相手が好みだとは思いもしなかった。
さすが学園。まさかの出会いだ。先代がわざわざ通わせただけのことはある。
オレの報告に、自分の恋愛だけでなく他人の恋愛も大好きな青の一族総出で盛り上がっていたことを知ったら、彼女は怒るだろうから伝えるつもりはない。
「今日はいい夢が見られそう……」
これだから従者はやめられないのだ。
月草の地の文が青柳呼びから司呼びに変わっているのは、30話以降に青柳からの呼ばれ方が『従者』から『月草』に変わったからです。個人認識されたことが地味に嬉しかったとか色々あって、青柳との距離感が変わったようです。