43.先代の酒宴
椿の間に入ると、並べられた膳の前に親戚衆が整然と並んで座っていた。
「待たせて悪かったね。始めてくれて構わないよ」
声をかけると、月草が宴を進行し始める。
集まった面々を改めて見回すと、司に対して懐疑的な者と中立が大体六対四の割合だ。
司の支持者がいないのに懐疑的な者が揃い踏みなのには明確な意図を感じる。
「堅実が取り得だと思ってたが、月草もなかなかいい性格じゃねえの。……いや、あっちにも何か変化があったってえことかな」
月草の後ろに控える群衆の少年を見てひそかにつぶやく。
「先代、乾杯の発声を」
「皆、突然の召集にも関わらず集まってくれてご苦労だったね。司の前途を祝して。乾杯」
杯片手に短く言えば、拍手とともに酒宴が始まる。
しばらくすると、徳利片手に人が集まってきた。
「おやっさんが紋付袴なのにスーツ姿で申し訳ないです」
「構いやしないよ。むしろ悪かったね。直前に気が変わったもんでね」
月草から打診を受けた時は、普段通りの着物で出ようと思っていたのだ。
だが、どんな人間か見極めようと少しばかりちょっかいをかけに行ったら、思いのほか気に入ってしまった。
「正直、お飾りでもいいと思ってたんだがねえ。ありゃあ拾い物だ」
「あの群衆の嬢ちゃんがですかい?」
「そうさね。まさか弱すぎて司の強さが気にならないなんて答えがあるとは思わなかったねえ。それにしっかり分もわきまえてる」
くっく……と笑う。
あれは、飾っておくだけではもったいない。
だからこそ、青柳の紋の付いた着物を用意させた。このじじいが認めたのだと知らしめるために。
「今日は楽しめたかい?面白い見世物だったろう?」
「司坊が立派になって驚きやした。あのお嬢さんを大事にしてるのが傍目にもわかりやすくて……な?」
「そうそう。あんなでれっでれの顔あいつできたんですねえ。人間味のない奴かと思ってましたけど、見る目が変わりましたよ」
「あんなお嬢さんどこで拾ってきたんです」
「学園で同じクラスらしいねえ」
「そりゃ、青春ってやつですね」
「あいつにもそんな感性があったとはなあ。べた惚れじゃねえの」
「どうやら骨の髄まで惚れ切ってるようだね」
「……っかあー……たまらんね」
にぎやかに男共が騒ぐ中、そっと近づいてきた着物姿の娘に気をとめる。
「和子かい。こっちにおいで」
呼べば男たちはすっと場をあける。
「あれは和子の見立てだね?いい塩梅だったよ。紋付とはいえあの場で青を着たんじゃあ反発する者も出ただろうからね」
青という色は青の一族にとっては重要な色だ。新参者、しかも群衆が突然着たのでは、いくら紋付でも心情的に受け入れられない者もいるだろう。
「司の大事な子ですもの。腕によりをかけましたわ」
艶やかに笑う。嫁して行ってもなにくれとなく気遣いのできる自慢の娘だ。
「わたくしは司の母親代わりをつとめていたつもりですけれど、恥ずかしながら年々強くなるあの子の力が怖くて、抱きしめることも頭をなでてやることもできませんでしたわ。司がまわりの人間を物だとしか認識できなくなっていっても何もすることができませんでしたの」
和子は、ふぅとため息をついて、小さな声で言った。
「あの子が司を変えてくれたと知って、わたくしほっとしましたの。もう、できないことを悩まなくていいんだわって。
……自分が汚すぎて嫌になりますわ」
「いいじゃねえの。汚くてなにが悪いってんだ。綺麗過ぎるものなんてつまらねえもんだ。怖がっていようが和子が親として振舞おうとしていたのを俺ぁ知ってる。自分の子どもたちもいるなかで、よく務めてくれたな。ご苦労だったなあ」
和子は泣きそうに目を潤ませて、きゅっと唇を引き結んだ。
「司は……あの子は人並みの幸せを手に入れられるかしら?」
「司は人間として壊れてるからな。人並みってのは難しいだろうよ。子供向けのおとぎ話じゃあないんだ。愛する人間を手に入れたからって、壊れたもんは都合よくなおったりはしないさ。
……だが、壊れたままだって幸せにはなれるだろうよ」
にやりと笑って杯を掲げる。
「若者たちの前途に幸あれ。俺たちにできるのは見守ることだけさ」
「……そうですわね。もう手を引いてやらなければならない子どもではないんですものね」
「子どもの成長が早いってえのは本当だな」
司の親代わりだった二人はひそやかに笑いあう。
宴はまだまだ続いていく。