40.もう少し
「行きはけっこう歩いた気がしたのに帰りは一瞬なんだね」
何気なく司のほうを向いて、びっくりして固まった。
「司!髪が!」
濃紺の髪が、毛先に近づくにつれ白に薄く青が混ざったような色に変わっている。なにこのグラデーション。
「へえ……一応二重契約扱いになるのかな。彩音の髪も色が変わったね。彩音の好きなミルクティーみたいな色だよ」
司は自分の髪の毛を二、三本引き抜いて確認して、私のほうを見て笑う。
「この感じだとだいぶん回復寄りの使役獣が来たみたいだね」
「どういうこと?」
「使役獣の種類によって、けっこう元の髪色から色が変わるんだよ。攻撃系なら濃色に、回復に近いほど淡色になるって言われてるね」
司の髪色を見るかぎり、かなり白に近い。
「でもそもそも私、術とか使えるの?」
ああいうのって魔力がないと使えなさそうな気がするんだけど。
「そのあたりも確認していかないとね。……とりあえず今は着替えようか」
そういえば高そうな着物を着たままだった。
司が人を呼んでくれて、近くの部屋に案内される。
女の人たちが、私自身では脱げそうもない着物をてきぱきと脱がしてくれた。
朝着ていたワンピースを手渡されて身につける。
髪の毛をほどいて、化粧も落としてもらったら元通りだ。
……疲れた。
やっぱり着物って、着慣れてないから変に力が入ってたんだと思う。
「もうそろそろ大丈夫?」
障子の向こうから司の声がして、着物や帯を持って女の人たちが出て行く。
「うん。着替え終わったよ」
朝見た格好の司が入ってきて、ようやくほっと息をつけた。
「これでひとまずは安心?」
「そうだね」
にこりと笑って入ってきた司が、三歩目でかくんと力が抜けたようにひざから崩れ落ちた。
あわてて駆け寄ると、
「……ああ、格好悪いなあ」
青白いを通り越して土気色の顔で笑う。
「顔色悪いよ」
「まあ、ちょっと魔力が足りないだけ。思ったよりごっそり持っていかれたね。でもその分、力のある使役獣のはずだから彩音は安心だよ」
なんでそんなに嬉しそうなの。
握った手だってこんなに冷たいくせに。
「何か私にできることはある?」
「俺のこと見てくれて、怯えてくれて、心配までしてくれて。そのうえ近くで笑ってくれる。……これ以上何を望んでいいかわからないよ」
本当に幸せそうに笑うから、胸が痛い。
「もう少し」
「……うん?」
「もう少しできるわよ。バカ」
司の冷えた頬を両手ではさんで、色の失せた唇に自分の唇を重ねた。
少しでも熱が移ればいい。
じわじわと手のひらに触れる頬があたたかさを増していって、目を開けたら真っ赤な顔の司が目の前にいた。
「なにこれ夢?」
「……夢じゃないわよ。バカ」
もう一度唇を重ねたら、ぎゅうぎゅう抱きしめられた。
だけど少しも痛くない。
「無理しないでって言ったのに」
「こんなのなにも無理じゃないよ。幸せすぎて心臓壊れそう」
「バカ」
何度も唇を重ねながら、これ以上幸せなことなんかないんじゃないかなってわりと本気で思った。