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4.ピンクちゃんと進路

(つかさ)くぅ~ん、いるぅ?」

 昼休みのチャイムのすぐ後。

 ちょっと鼻にかかったかわいらしい声とともに入ってきたのは目にも鮮やかなピンク髪の主人公だった。

 ナチュラルに見えるメイクにオーバーサイズのニット。

 校則違反の短いスカートもすらっとした足を引き立てていてかわいいと思う。


 ……主人公がウザいやつなの?

 内心首をかしげていると、

「なんで今日もいないわけ。ランダムにしたってお昼イベント起こらなさすぎでしょ」

 教室に青柳がいないのに気づいたとたん、急にテンションが落ちた。

 くしゃっと鼻にしわを寄せて、吐き捨てるようにつぶやく。

「いいかげんイベント起こさないと間に合わないのに。ほんっと死神なんなの馬鹿なの」

 さっきまでのかわいい感じとの落差がひどい。

 一応モブとはいえ人がいるんだけど、まったく気にした様子もなく文句を吐き出し続ける。

「チッ、こんなとこにいても仕方ないか。中庭行って好感度上げとこ」

 あっけに取られて見ているうちに、舌打ちをして彼女は走り去った。


 ……ウザいっていうか怖い。

 主人公があんな感じで大丈夫なんだろうか。

 ここがあのゲームだと思ってないと出てこない用語もあったから、記憶があるのは間違いないだろう。

 でもなんというか「お互い記憶があるんですね~」なんてお近づきにはなれそうにない。

 モブは背景と一緒くらいの感覚なんだろうけど、本音も素の態度も出ちゃってるし。

 攻略対象に伝わるとか考えないのかな。


「な?見たほうが早いだろ」

 隣の席の男子に引きつった笑いを返して教室を出る。

 今日は絶対に中庭には近づかないようにしよう。


       *


 主人公……名前がわからないのでこれからはピンクちゃんと呼ぼう……の性格に軽くびびりながら、昼ごはんを調達に行く。

 今日は購買にしておこう。学食で食べてる途中にピンクちゃんが来たら逃げられないし。おとなしくパンでも買って教室で食べよう。

 まだ一日が半分しか終わってないのにぐったり疲れた気分で一階にある購買に向かって階段を下りていると、薄黄色の髪が見えた。

「あ、先生」

 階段を上がってきたのは、私が群衆として出現したときに授業をしていたあの先生だ。

 今なら薄黄色がブリーチじゃなくて本当の髪色だってわかる。

 今日のホームルームで気づいたんだけど、この人がうちのクラスの担任なんだよね。いろいろあって忘れてたけど、今日の目標は群衆の将来設計について知ることだ。

 ちょうどいいから質問しちゃおう。

「あの、先生に質問したいことがあるんですが」

「ん?えーっと君は……」

 中身のたくさん入ったビニール袋をぶら下げてこっちを見上げる先生は目もやっぱり黄色だ。髪よりはオレンジがかってるけど。

「昨日先生の授業中に、記憶飛びで出てきた生徒です」

「あーはいはい。じゃあ、数学職員室まで来てくれる?」

 先生は階段をあがってきて、私と同じ段に乗って通り過ぎる。

 近くで見ると背が高いな。……私が小柄なのか。

 先生を追いかけて階段を上がる。どうやら数学職員室は三階にあるらしい。

 階段を上がって廊下の突き当たり。教室と同じような引き戸を開けてすぐの机に、先生はビニール袋をどさっと置いた。

 ついたままのパソコンの前に重なった書類とか本の上なんだけど大丈夫なんだろうか。

 微妙に傾いてる気がするんだけど。


「まあ、こっち座って」

 机は四個あるけど、他の先生はいなかった。

 隣の机からキャスターつきの椅子を渡してくれたから座らせてもらう。

「次も授業だから食べながらでもいいか?……君は昼飯は?」

「あ。」

 そもそも購買に買いにいってる途中だったのを忘れてた。

 いまさら買いに行くのもなんだし、まあ一食抜いても倒れはしないだろう。

「じゃあ、これとこれ。飲み物もあったほうがいいな……」

 先生はビニール袋からカレーパンとクリームパンをひょいひょい取り出して私のひざの上に乗せた。

 それから、ついたてで仕切られた部屋の奥へと歩いていく。

 戻ってきた先生の手にはペットボトルの麦茶とミルクティーが握られていた。

「どっちがいい?」

「えっと、どちらかといえばミルクティーです」

「ダイエットか何か知らんがメシはちゃんと食べなさいよ。んで、何の質問?」

 先生がコロッケパンの袋を開けながら聞いてくる。

「この学園を卒業した後の進路の話なんですけど」

 視線で促されてクリームパンの袋を開けてかみつきながら答える。

 ……あ、このパンおいしい。

「ん?進路……進路なあ。まあ、まず死ななかったらっていうのが前提になるわけだが」

 こくりとうなずく。死んだらどうなるかは今は考えない。


「大体二つの方向がある。ひとつは官公庁や企業に就職するパターン。もうひとつは自営業を始めるか自営業の店主に雇ってもらうパターンだな」

 なんでその区分なんだろうとは思うけど、とりあえず黙って最後まで聞くことにする。時間もそんなにないし、いちいち質問で話を止めるよりまずは話を聞きたい。


「この二つの違いは色付きのサポートに回るか、群衆の中で生きるかということに尽きるな。

 まず前提として、基本的に官公庁や会社の役職と名のつくものは色付きが独占している。

 世襲的なところもあるが、実務的な意味合いが実は大きい。

 進めてる仕事の相手が次々に変わったらやりにくいだろ?

 しかも補充されたての群衆は、業務の知識はあっても、経験はない。

 能力も平均的で大きなポカはないが目立つような成果をあげるのも難しい。

 結果、群衆は裏方的な作業をやるのが効率的ということになる」

 ここまではわかるか?と聞かれてうなずく。

 色付きの近くにいる分、入れ替わりが激しいんだろう。それに対外的にも、群衆だと色付きに見分けてもらえないから仕事がしづらそうだ。


「次に自営業のパターンだが、多いのは群衆相手の飲食店や商店。修理屋や清掃もそうだな。あと、わりあい職人系も熟練の群衆が多いな。

 ほとんどの場合、同僚も客も群衆同士だから、色付きのそばにいるときのように殺されることは少ない。

 ただ、色付きに雇われてる場合は、その色付きの持ち物というくくりになるからケガや病気で働けなくなっても手当てが出るが、自営の場合は補償がない。

 群衆同士での助け合いはあるが、社会制度としてはないと思ったほうがいい」


 ……なるほど。危険はあるけど安定した生活か、危険は少ないけど不安定な生活かっていうことか。

 うーん……色付きの近くにいるのも怖いけど、働けないときに助けてもらえないっていうのも怖いなあ。

「群衆のなかで暮らすことを選んでも完全に色付きと関わらないことは難しい。よほどの理由がなければ誰か色付きの庇護下にいた方が生きやすいだろうな」

 ……やっぱりそういう結論になるよね。


「色付きの中には群衆を代えの効く道具だと思っている奴も一定数いるから、そういうところには行かないように注意は必要だがな。

 苛酷な環境で仕事をさせて、過労死させてしまえば新しくなるっていう考えのゲスもいる。

 もちろん違法だし、取り締まる法律もあるが摘発はなかなかされない。

 ……群衆の権利は弱いからな」

「むしろ法律があるんですか?」

 群衆のための法律があるって事実のほうがびっくりだ。

 だって色付きにとっては群衆って誰でもいい替えの効く存在だと思うんだよね。それなのに一応でも群衆のための法律があるってすごくない?

「過去に群衆から政治家になった女傑(じょけつ)がいるんだよ。選挙になれば圧勝だった。群衆はとにかく数が多いからな」

 政治家ってすごいな。しかも女の人。

「っていうか群衆って選挙権あるんですか?」

「あるぞ。一定の実績があって名前を得たものっていう縛りはあるがな」

 あーそういう感じなのか。


 そもそも群衆って個人名がないんだよね。

 そのかわり、区別が必要なときは役割的なものが名前の代わりになったりする。

 学園の中だと委員会に入ってたり目立つ行動をしてたりね。委員長とか、ドジっ子とかそういう感じ。ちょっと他の人とは違うぞっていうね。

 そういうのの進化系なんだろう。

 もしかしたら本当に通称じゃなくって名前ができるのかもしれないけど、そのあたりは後で調べてみよう。

「就職考えるなら、生徒会か委員会の手伝いが近道だな。緑川なんかは群衆からできるやつを引っ張ってきていろいろ任せてるぞ」

 うーん……緑川って攻略対象なんだよなあ。できるだけ近づきたくないんだけど。


 ああ、もうそろそろ昼休みが終わりそうだ。

「ありがとうございました。また聞きたいことができたら相談に来てもいいですか?」

「いいぞ。昼休みはたいていここにいるから。

 ただし今度からは購買でなんか買うか、食べてから来いよ?」

 ああそうだ。結局先生のパンをもらっちゃったんだった。

 先生は気にするなって言ってくれたけど。

 購買ってお菓子とか小腹にたまるものも売ってるかな?今度見てみよう。


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