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38.完全誓言

 部屋に足を踏み入れると、予想以上の広さにまず驚いた。

 元々大きい部屋が二つつながって縦長の空間になっている。

 そして、左右にスーツ姿の男の人たちがずらっと並んで座っている。

 ざっと見ただけで三十人以上いるんじゃないだろうか。年配の人が圧倒的に多い。若い人は二、三人だけしか見えない。

 暗色のスーツのなかで、奥のほうに座っている和子様の鮮やかな着物がひときわ目立って見える。

 司と一緒に入ってきた私を見た人たちが、ざわりと驚いたようにうごめいた。

 まさか司が完全誓言を捧げる相手が群衆だとは思っていなかったんだろう。

 気圧(けお)されそうになるのをぐっとこらえて司と歩調を合わせる。

 背すじはまっすぐ。畳の(へり)は踏まずに、すそが乱れないように小股(こまた)で。

 和子様に教わったことを頭の中で繰り返しながら突き刺さる視線のなかをゆっくりと進む。

 半歩前を歩く司を見る。ぴんと伸びた背すじに頭がまったくぶれない歩き方。普段はどこかずれてるくせに、ちょっとずるいくらい格好いい。

 ……私はこの人に、恋をしている。

 思うだけで自然と背すじが伸びて胸のなかがあたたかくなる。

 その気持ちのままに微笑んだ。



 部屋の奥、正面に座っている先代の前で立ち止まり、姿勢を崩さないように座る。二人とも帯に挟んでいた扇子(せんす)をひざの前に置いて、一緒にゆっくりとお辞儀(じぎ)をする。


「これより青柳司の完全誓言の儀を始める」

 腹に響くような声で先代が宣言をした。

 ここからの流れはざっくりしか聞いていないから司に任せるしかない。

 私のほうを見て心配ないよと微笑む司に笑みを返して前を向く。

 白い木で作られた台の上に、たくさんのつやつやした葉がついた木の枝をのせて月草さんが先代の横に進み出る。

 腕の長さほどもある木の枝を、先代は両手で捧げるように持ち上げた。

「ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり」

 立ち上がった先代が朗々と唱えながら枝を振ると、葉ずれの音とともにたくさんの小さな青い光がぱっと飛び散った。

奮へ(ふるへ) 勇羅勇羅と奮へ(ゆらゆらとふるへ)

 だん!と足を踏み鳴らすと青い光が部屋中に波紋のように広がっていく。床も壁も天井も、何重にも波紋が重なって何かの模様みたいに見える。

 先代がもう一度枝を振ると、青い光が雫のように私たちの上に降ってきた。熱くも冷たくもないそれは、体に触れるとそのまま吸い込まれるように消えてしまう。

 司がお辞儀をするのであわてて一緒に頭を下げる。

 体を起こすと、先代はさっきの台の上に枝を(うやうや)しく戻して、元の位置に座った。

「神気はここに満ち満ちたり。誓言を捧げよ」

 先代の言葉と同時に、司の背すじがすうっと伸びて、たたずまいが変わったのがわかった。

「完全誓言。この一生涯において彼女を殺さず、そして誰にも殺させないことを青柳司の名において誓います」

 司の言葉とともに前にも見たことのある青い魔方陣が現れる。

 そしてまっすぐに司が私の目を見て、微笑んだ。

「そして追記を。この魂は彼女と同一であり、彼女が死ぬときにはこの命、諸共(もろとも)に」

 ざわりと場が揺れる。

 ……隠してたのはこれか!死ぬとき一緒なんてなに考えてるの!

「……受けるかい?」

 先代に面白そうに言われて思わずにらんでしまった。さすがに流れをとめたらまずい場だっていうことくらいわかる

 この状況で断れるわけがない。

「受けます」

「ならば誓約の血潮を捧げよ」

 いつの間にか近くに来た月草さんが小さな白木(しらき)の台にのった小刀を私の隣に置く。

 ……痛そうだなあ。

 ちょっとためらったけど、小刀の刃を親指の腹に押し付ける。

 ぷくりと玉になる血を魔方陣に垂らす。

 隣で司も指先を噛み裂いて血を垂らした。

 ふわりと光を増した魔方陣が、ふたつに分かれて私と司の胸元に吸い込まれる。

 前に司が完全誓言をした時みたいな痛みもない。

(ちぎ)りの(さかずき)を」

 先代の言葉で一輪挿しの花瓶みたいな形の白い器と盃が二つ、白木の台にのせられて運び込まれる。

 先代はさっき使った木の枝から葉を二枚取って、ひとつずつ盃にのせた。その上から白い器に入った液体を注いでいく。

 盃の中身が薄青く染まったのを確認して葉を取り除き、半紙みたいな紙で一枚ずつ包んでいく。それぞれの包みを盃の横に置いて、先代は白木の台ごと私たちの前に移動させた。

「その盃は二人の契りを結ぶ意義深い盃である。

 三口半(みくちはん)に飲み干して、立ち会い人の皆々方に(しめ)(たま)え」

 雰囲気的に結婚式とかでやるやつみたいな感じだ。……でも三口半?

「半って何」

 思わずつぶやいたら意外と大きな声になって、まわりから思いっきり見られた。

 こんなこともわからないのかという小声での笑いが聞こえる。

 ……たかだか群衆がこんなしきたりとか知らないから。こんなことになるって知ってたら、恋愛小説読んでないでしきたりの本でも読んでたわよ。

 うつむきそうになる顔を必死に前に向けていると、司が畳の上に置いていた扇子を持ち上げてぱしんと手のひらに叩きつけた。

 無言のままでひとりひとりを確認するように見ていくと、潮が引くようにざわめきが消えていく。

「大丈夫だよ。三口飲んで少しだけ残して」

 普段通りの声と笑顔に勇気付けられて、笑みを返す。

 二人一緒に盃を口に運び、三口飲んで少しだけ残す。

「残ったのを俺に飲ませて」

 盃を両手で持ったまま、司の口に持っていく。

 唇の間に盃の縁を当ててそっと傾けると、司ののどがごくりと上下した。

「今度は俺の番ね」

 司の盃が私の唇にそっと触れてくる。流れ込む液体をこぼさないように飲み込む。

 ふわりと、胸に刻まれた魔方陣があたたかく熱を持つ。

 空になった盃を高く(かか)げた後もとの台の上に戻し、司に言われるままに半紙に包まれた葉を胸元に入れた。

「これにて誓言は成された。

 見届け人はこの新しき絆を受け入れるならば拍手で応えよ」

 先代の声が朗々と響くと、拍手の音が部屋の中を満たした。

「……見届け人の皆々様は椿の間にて酒宴の準備を整えていますので、御移動をお願い致します」

 月草さんの声とともにスーツ姿の男の人たちが整然と部屋を出て行く。


       *


「さて、お嬢さんは俺のことも怒るのかい?」

 スーツの人たちがみんな部屋を出て行って、やっと終わったとほっとしていると先代に声をかけられた。

「……先代は内容を知ってたんですね?」

「そりゃあ、家に関わることだからな。打診(だしん)くらいあらぁな」

 どうりで全然驚きもしないと思った。

「怒りはしません。事前に教えてくれたら心構えができたのにとは思いましたけど」

 問題は先代よりも司だ。

「なに考えてるの。馬鹿なの?こんな死にやすい人間と死ぬ時を同じにするなんて馬鹿でしょ」

「馬鹿じゃないよ。君と契約する使役獣に俺の魔力を受け取らせるには必要なことだし」

「こんな大きい代償、払ってまですることなの」

 もっと他にもやり方はなかったんだろうか。

 それを一緒に考えさせてももらえなかったことが悲しい。

「君の安全は俺のすべてをかけてかなえる一番大事なことだよ。それにこの間痛感したけど、君が死んだらどっちにしろ生きていられないから。こんなの俺にとっては代償でもなんでもないよ」

 当たり前のように、むしろ嬉しそうに言うから泣きそうになる。

「……っ!絶対に死なない!」

「うん。それじゃあ、使役獣との契約をしに行こうか」

 ちょっと買い物をしに行こうかくらいの感じで言う司に、先代がさっき使った木の枝を手渡す。

「これを()(しろ)に持っていきな」

「ありがとう」

 司の言葉に苦笑して、先代は私と司の頭の上にそっと手を置いた。

守り導き(まもりみちびき)幸い給え(さきわいたまえ)

 短い言葉とともに、ふわりと、あたたかいものが体の中に流れ込んでくる。

「まあ二人とも、あとひと踏ん張りやってきな。酒宴のほうは俺が回しといてやるよ」

 よいこらしょっと立ち上がって、先代が部屋を出て行く。

 広い部屋の中、私と司だけが残される。

「それじゃあ、さっさとやっちゃおうか」

 いつもどおりの司の様子にうなずく。

 ここまできたら、最後までやるしかない。


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